もののけ温泉
(句読点の習作。できましたらご自分のテキストエディタに読み込んで、縦書きに直し、プリントアウトしてお読みください)
習作/原稿用紙4枚/2005.7.31
福富屋旅館、創業百年──。貴方はその風格ある玄関をくぐると、正面の白壁に、控え目に、しかしながらやや誇らしげに、一枚の絵が飾られてあることに気づくだろう。ボリューム感のある手彫り彫刻額縁に納まったそのB4サイズの絵画は、あたかも野獣派の巨匠が魂込めて筆を振るったがごとく、荒々しいタッチによって描かれている。
貴方は思う。なんて黒い長い頭だろうか……。なんとまぁ、でっかい二つの目ン玉だろうか。顔の下半分を占める大きな半月は、きっと開いた口なのであろう。乱杭歯(?)を見せて、こちらを笑い飛ばしている。それにしても、ひょろりとした上半身だな……。細い両腕を天に向けて万歳をし、下半身は、ヨガの行者のように、座禅を組んでいる。
特徴的な二つの目は、赤い縁取りでその異様さ、鋭さを強調されており、それがこちらをグッと睨み付けている。
宿の男にその絵を訊くと、その初老の男はニタリと、不気味に笑うであろう。
「お客様……。それが目当てで、当館にお越しになったんじゃあ、ございませんか?」
貴方は驚いて答える。
「で、で、では、これが――!?」
「そのとおり。その名をころりん=@物をコロリと逆しまにひっくり返すという、これがその妖怪の姿絵なのです……」
貴方は言葉もなくその絵に釘付けになる。その絵には人を引きつける何かが――確かに本物の存在感というものがあるのだ。
その貴方のようすを見定めて、宿の男はささやくように言葉を継ぐ。
「この絵は、実際に目撃した……実際に妖怪に遭遇した人物の手によって描かれました。……お客様、当館には、本当に、いる、のです」
男はいっそう声を潜める。
「本当に、出ーるーのーで〜ぇ〜すぅ〜〜……!」
「! ! ! ……」
貴方はまじまじとその絵を見つめ続けている。荒々しいタッチの――
――クレヨン画を。
※
翌朝。貴方はさわやかな目覚めを迎える。
体を起こし、周りを見回し、昨夜となんら変わりがないことを確認する。枕はそのまま、鞄の荷物もそのまま、卓の湯飲みやポッドもそのままである。
貴方は少し、苦笑を漏らすであろうか……。残念ながらころりん≠ヘ、貴方のもとに、やって来てはくれなかったようだ。
貴方は起きあがり、タオルを肩にかけ、顔を洗いに、共同の流しに行く。
金属製の洗面器に、山の、切れるように冷たい水を張る。蛇口を閉め、一回大あくびをした。
ついでくしゃみをし、朝の冷気にブルッと体を震わせる。
おもむろに下を見る。――と、静まった水面に、自分の顔が映っている。貴方は愉快に思う。
やあ、いい男だな! にらめっこでもするか? ああ〜ん?
と、不意にそいつが顔をぐにゃぐにゃにして笑い出したのだ!
驚いて上を見ると――蛇口の先が、透明に膨らみつつある。
水滴が、落ちた――──。
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