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鏡の本懐

三題噺(お題:鏡、温泉、ホワイトチョコレート)/原稿用紙5枚/2004.1.17


よ鏡、世界で一番の美女は、いったい誰じゃぞぇ?」
 驕慢な女王の問いに、その古き魔法の鏡は即答したのです。
「それは、森に住む、白雪姫……」
 意外な答えに目を丸くする女王。それもつかの間、顔が紅潮し、ついで目が糸のように細くなりました。くるりと背を見せ、足音高くいずこかへと去っていきます。

 数日後、戻ってきた女王は、鏡に八つ当たりしました。
「毒リンゴをくれてやろうとしたけれど、見向きもされなかったわぇっ!」
「……今時の子供は、果物よりも、お菓子の方がよろしゅうございましょう……」
「それは言えるかも……そうだ、名前にこじつけて、ホワイトチョコレート! これならいける……」
 くるりと背を見せて、女王はいずこかへと走り去っていきました。
「……」

 数日後のことです。とうの白雪姫が、何事もなく王子様とともにお城に到着したのです。姫は鏡を見つけると、ちょっとおどけたポーズをとり、
「鏡さん、世界で一番の幸せ者は、誰かしら?」
 鏡は黙ったまま、その姿を映し続けたのでした。

 それから長い年月がたちました。その間、鏡は眠り続けました。

 ある時、戦争が勃発しました。そして王国は、あえなく敗れてしまったのです。
 鏡は見栄えがよかったため、勝利した独裁者のもとに献上されました。
 独裁者は胸を反らし、鏡に向かいました。牡牛のような太い声で、
「世界で一番の実力者は誰か!? おお、それはこの――」
 間髪を入れず――
「それは、このお方です……」
 唖然とする独裁者の前に、一人の人物が映し出されたのです。それを見たとたん、独裁者の顔が青黒くなり、目は血走りました。くるりと背を見せ、独裁者は命令を下しに、荒々しく部屋を出ていったのでした。

 それから数年後、平和が訪れました。鏡はまた長い眠りにつきました。

 目覚めると、鏡は田舎の温泉宿にありました。女湯の脱衣室です。いま一人の、そばかすだらけの娘が、湯から上がってきました。鏡に見とれて、
「あたいの好きなあの方は、いま何をしていらっしゃるのかしらん……」
 そのとたん、鏡は仕事を開始しました。娘は驚いたのもつかの間、その映し出された光景に、みるみると顔を真っ赤にしてしまいました。
 数ヶ月して、娘はその青年と結婚いたしました。

 また長い長い年がたちました。

 鏡はふと、目を覚ましました。自分に寿命がきたことを、悟ったのです。
「……」
 窓から月明かりがあります。周りを見ると、ここは、どうやら農家の物置小屋のようでした。クワやら台車やら、薪やら干しワラなどが雑然とおかれています。
 そのうちに、なにやら外から物音がしてきました。――いま、一人の少年が、大きな男の人によって、小屋の中に放り込まれました。扉がばたんと閉じられ、外から鍵のかかる音がします。
 その少年は扉をばんばん叩き、叫びました。
「バッキャロー! クソオヤジ! おぼえてろ! あとでヒデェからな! オレはぜってーエラクなるんだからな! そのときワビいれてきたって、おせーンだからな――ッ!」
 土や埃やクモの巣で汚れていた鏡面は、その一瞬で清冽な光と深みを取り戻したのです。
「うわっ!? な――?」
 鏡はその少年の将来の姿を映し出しました。そして、少年の手によって叩き壊されたのです。

 年月がたって、その少年は本当に立派な大人になっていました。











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