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イレギュラーアースでお茶しませんか?
―― 魔女の回転予報官シリーズ 4 「チャンバラ編」 ――

第1話 復活の日




「! ! ! ! ッ──!」
 言葉にならない歓声をあげて、両手を突きあげて駆けだすチャコ──
 その先に──

 勝ったのか、負けたのか?
 天を見上げる、茫然自失の源聖斗 <みなもとのせいんと> だった――

         ※

 ぶつかるように飛びついてきたチャコ──
 聖斗は、戸惑うように、腕を彷徨わせ──やがて──
 チャコの体に、こわごわと腕を回し、意を決して一度軽く抱きしめ、すぐにビクリと腕を浮かせ……そして。背中を軽く、安心させるように、優しくたたくのだった。
 男の眼差しはほのかに、いとおしげにチャコを見つめて──
 が、和らいだかに見えた表情が、ふたたび厳しくひきしまった。彼はやんわりとチャコを引きはがすと、彼女をそこに押しとどめ、一人、再度刀を手に、白頭、水干姿の老人に向かって歩を進め始める。
 向こう、怪人、蘇我秀麿 <そがのひでまろ> の、ため息する姿が見えた。チャコの耳には聞こえる。
「あの四人が、負けるとはな……。正直、夢にも思わなんだ……」
 そして、精神のスイッチが切り替わる。
「×××××ッ! ××! ××××! ──! ──」
 声を荒げ、激しい罵詈雑言。聖斗は師匠のこのような奇矯な言動には慣れているのだろう。まったく意に介したようすもなく──それでも一旦立ち止まり──平静に私心を述べたのだった。
「あの四方 <よんかた> におかれては、俺ごときとまともに相手するのは、矜持がゆるさなかったのだろうよ」
「んなこと聞いてられるか!」
 またしても秀麿の手に現れる四枚の紙片、そして超高速呪文──!

 誰も止める間もなかった。聖斗でさえ──

 ──いや、聖斗は、止める気配さえ見せなかった。その場を動かず、平然と老師を見守り──

 支障なく秀麿の呪文が完成する。

 ──

 嗚呼……なんと。

 ──

<傍点> 再び蘇った、四人だった </傍点> 。

         ※

「……そんなのあり!? なんなのよこんなの!」
 ジャンヌ、あまりのことに、地べたにへたり込んでいる。
 あちらに……、こちらに……、あの四人が、またしても出現しているのだ。

 林崎甚助(new!)
 東郷藤兵衛(new!)
 柳生十兵衛(new!)
 宮本武蔵(new!)……

 茫洋と立ちつくす <傍点> 新しい甚助 </傍点> が、からくり人形のようにゆっくりと、ジャンヌに顔を向けた。相変わらず、愛嬌のある顔かたち。だがそれは、まるで、プラスチック製のぺらっとした、硬いお面のようで──
 ジャンヌ、その顔を見つめながら、 <傍点> あること </傍点> の可能性に、身震いする。ともすれば気が遠くなる中、気力をかき集め、まるで祈るような気持ちで、その言葉を口にしたのだった。

「ジン、ちゃん……わたしのこと、憶えている?」
 
「姫……」
 甚助が、安心させるようにニッコリと笑った。それは、まぎれもなく血の通った表情だった。
「……どうやら新しい体のようです。ですが、ご懸念なく。記憶は引き継がれておりまするぞ!」
 まあ、冷静に考えれば、記憶があるのは当然。だが、逆だと思いこんでしまっても今の場合責められまい。とにかく──
 そのときのジャンヌの顔こそ見物だった。喜びに光る表情とは、彼女のそれを言うに違いない。ジャンヌはそれこそ羽ばたく小鳥のように飛び出すと、どんと甚助に抱きついたのだ。ぎゅうううううッ!
「わたし……わたし、泣いた、んだよ……バカッ!」
 もう、また、しゃくり泣きだ。乾いた藁の香りに包まれて、涙腺が崩壊して。甚助は軽く背を叩いてくれて──
「痛み入ります、姫。……おお、姫、あの武蔵殿をごらんあれ」
「?」
 指し示された方にいる宮本武蔵。見られていることをまったく気にするようすなく、手足をそわそわ動かし、自分の体を見回している。落ち着きがない。
「 <傍点> 真新しい衣服 </傍点> で、まごついておられますぞ」
「アハハハハハ!」
 それは、ファミリーにだけ通じるジョークだ。ジャンヌ、心の中から、幸せそうな笑い声を上げたのだった。
「なんともはや……」
 これは十兵衛だ。彼もまた、自分の体を点検している。
「生き返り、死に返り、せわしないことだ……」
 隣に立つ藤兵衛と顔を見合わせ、微笑をかわす。
 ジャンヌにとって、まさに奇跡の、幸福なひとときであった。
 だが──
「おい、お前ら!」
 蘇我秀麿、もはや万能の宇宙人様。その爺様が、再会の喜びの気持ちなんぞまるで歯牙にもかけず、四人に向かって怒鳴りつけたのである。
「獅子搏兎 <ししはくと> ──意味は、お前らマジメにやらんか! だ!」
 またしてもこの世に呼び返されてしまった四人の武士。
 尋常ならざる手段で叱られてしまって、思わずであろうそろってシュラッグ <shrug> したものである。──各々、苦笑い。












 またしても、またしても登場してしまった四人──

 だが聖斗は、師匠の『魔界転生』術を黙って見逃していたわけではなかったのである。なんとなれば彼もまた、切り紙を四つ用意していて──
 呪文とともに──
 今。
 新たに <傍点> 四人の同人 </傍点> を──転生させたのだ。

 全体を見守っていたチャコ、事態をいち早く悟り、息を飲む。
「なっ……!」

 むこうに、秀麿の四人。すなわち──

 林崎甚助(秀)
 東郷藤兵衛(秀)
 柳生十兵衛(秀)
 宮本武蔵(秀)

 こちらに、聖斗の四人。すなわち──

 林崎甚助(聖)
 東郷藤兵衛(聖)
 柳生十兵衛(聖)
 宮本武蔵(聖)

 ……チャコ、めまい。頭がおかしくなりそうだ。












 またしても腰を抜かしたジャンヌ、顔を真っ赤にさせて、モーレツに抗議した。
「卑怯者! 恥知らず! わたしの家族を返せ! ドロボー! もどせェーーー!」

 林崎甚助(聖)が、ジャンヌに声をかけた。
「姫……」
 ジャンヌ、もうこれ以上ないってほどの限界にまで、目と口を開く。
「ジンちゃん……? あなたも、わたしの、ジンちゃんなの?」
 まあ、冷静に考えれば、理屈的にそうだろう。だが、逆だと思いこんでしまっても今の場合責められまい。
「そのようです。ただし、拙自身は、この聖斗殿の家来となっておりますが……」
 そのあとを引き継ぎ、林崎甚助(秀)が、ジャンヌに説明する。
「どうも、拙者の“たましい”とでも呼べる物が、なにかしら、半分ッコになった心持ちでございます……」
「……」
 ジャンヌ、言葉を失う。そのまま視線を宙に彷徨わせると、ああ、ついに地面に横に倒れたのだった。

 チャコだってそうしたい気持ちだ! もう、 <傍点> めっちゃくっちゃ </傍点> である。まだ受け入れられない。ジャンヌのセリフじゃないが、こんなことって、ありなのか? どーすんの、この状況!
 秀麿も同様のようすで、あの煮ても焼いても喰えない老人が、正真正銘、目を白黒させている。
「秀麿の“コピー”よ……。魔法とは、このように用いるものだ……」
 平然としているのは聖斗ただ一人だけで、むしろふてぶてしさを感じさせるほどだ。今やこの場のマスターとなった彼は、力強くゲームの開始を宣言したのだった。

「 <傍点> こなたの四人よ、かなたの四人の、御自分の御相手をいたせ </傍点> !」

 う──

 うお──?

 うおおおお──!

 おおおおおおおお──!?!

 それは、誰にも決して信じてもらえぬであろう、奇妙キテレツ極まりない、下知なのであった──!












 ああ──だが!

 とたん、天柱のごとく吹き上がる極太の八本の歓喜──!

 それはさながら紅蓮の炎、地球を軽く飲み込む太陽のプロミネンスそのものだった!
 至福の感情を必死に抑えつけ、いかにも平静を装いながら、それぞれ聖斗に、特別な感謝の礼を送り(特に武蔵なんかは二回も繰り返した! 計四つ!)、聖斗の後方の平地へと──四命八体の四組は、それぞれ場所を移動する。

 それに目もくれず、源聖斗は、今や氷と化した目を秀麿に向けたのだ。
「もはや万策はつきたろう。観念するがいい」
「──」
 おお──あの、あの、さすがの秀麿が、返す言葉を失っている──!
 これは──
 さすがに──
 手詰まり、だった。
「やらせない!」
 たった一人──ジャンヌが、老人の前に出て両腕を広げて健気にかばう。必死のまなじりで男を睨み付けた。
 最後の防壁。それは、風に他愛なく引きはがされる薄絹のような、高貴な、可愛い、哀れな最弱の一枚。人によっては、これが最大に効果のある盾となることも、ままあるのだが……聖斗。毛ほども動ぜず、足を運びはじめた。
 曲がりなりにも、あの四人を打ち倒した男。たとえるなら、四つの神を食い殺した悪鬼! その大魔、魔王たる男が、片手に豪刀を提げたまま、やって来る。その殺戮の気配が地獄の暴風となって吹きつけ、ジャンヌのまだ幼い顔を、無惨に叩 <はた> き続けるのだ。
「俺はそこのコピーを消去する。その刃の途中に何があったとしても、一緒に斬り下ろすまでだ」
 冷厳に事実を伝える。
「 <傍点> ヒデ爺は、コピーじゃない </傍点> !」
 無力なジャンヌ、たとえ殺されようと、その一点だけは主張する。悲壮な叫びだった。
「たとえあんたに作られたまがい物の存在だったにせよ、今のわたしにとっては、もうこの世にただ一人の人間、家族なのよ!」

 その言葉は、誰よりもチャコに、ぐさりと突き刺さる──

 だが、聖斗はついに目の前に立つ。大上段に、刀を構えたのだ。
「最終通告だ。どけ──」
「──ああ!」
 そのときだった。後方から剣劇の気配が、それこそ怒濤のごとく吹き寄せたのである。あの四組の武士たちの、 <傍点> 究極の闘い </傍点> が、いよいよ始まったのだ。
 聖斗、上段の体勢は変えぬまま、ただの一瞬だけ、肩をぴくりを震わせた。

 それを見逃さなかったのはさすがだった。ジャンヌの後ろの秀麿の、まさに命を賭けた舌戦がはじまった。
「──お前は、見たいとは、思わぬのか?」
「──」
「どちらが先に、相手に抜かせるのか、見たくはないのか?」
「──」
「どちらが迅いか、その雲耀の奥義を見たいとは、思わぬか?」
「──」
「剣理を究めし者同士の決闘を見たいとは思わないのか?」
「──」
「二刀対二刀の剣の舞を、見たくないのか?」
「──」
「どうなのだ? それこそ文字通り、 <傍点> 完全互角の、頂点同士の勝負 </傍点> じゃぞ?」
「──」
「まったく同等の相手、まさに自分自身を、どのように打ち負かすのか、どのように乗り越えるのか、その技を、その真理を知りたいとは、ちっとも思わないのか? どうなのだ聖斗!」
「──!」
 ちょっとでも、わずかでも、後ろに振り向いたら、その瞬間から、事態は別の世界に突入していたことだろう──
 あああ、このときの聖斗の表情こそ見物だった! 獲物からは頑なに視線を外さず、しかし彼は確かに動揺のさざなみを面 <おもて> に生じさせ──彼の内面ではどんな大波が荒れ狂っているのやら! ──だが、歯軋り! 眼光をぎらつかせ、そのあと搾り出すように言葉を返したのである。
「……結果は知れたこと! 両者はまったく同じではない。存在が二つあるならば、必ずや差異は発生する。天地人のうちの天と地。今の場合は、両者の立ち位置が違う。草地か砂場か、傾斜はどうか。当然日光のさす方角も違うだろうし、風の吹き方もだ……。天運によりそれらを生かせたどちらかの自分の方が、もう一人の自分を征することができるのだろうよ……」
 秀麿が絶望の皺を顔にリアルに刻んだ。終わりだった──
「こ、の、救いようのない朴念仁めが! 面白うないわい、このバカタレめッ! 育て方を間違ごうたわい!」
「……死生有命 安心立命 帰命頂礼……」
 聖斗の刀に決意がこもった──

 そのときジャンヌがあきらめの表情を浮かべた。さながら諦観の境地に達した聖人のようでもあり、彼女は──
 ふと、チャコにその冷めた目を向け──

「さようなら。またあんたに見送られる、てわけだね」

「──」

 真っ白だった。












 チャコは全力をあげていたのだった!
 全力で魔力を放出し、全力で走り──
 ジャクリーヌに覆い被さり、彼女のために、おのが背を兇刃からの盾とし──

 ジャンヌは思いもよらないチャコの行動に体を硬直させ──

 聖斗の刀が、落下の途中で急停止した!

「──」

 世界が、時が、凍り付いた。

「──」

 そして、ふたたび、動き出す──

「──ぐふう……」

 聖斗が、崩れ落ちる。
 そこにあったものは、二人の少女の後方から伸びた、一本の杖。
 その杖の先端の、日の光に熱く輝く一本の針。
 老兵法者・秀麿の、仕込み杖であった。

 勝負生死は表裏の背中合わせ──
 地に横倒れの聖斗、目の焦点が、ぶれている。
「なるほど……見事な計算……さすが、俺の……師……匠……」
 不可解にも、その唇に満足げな笑みを浮かばせて──

「あ、あ、あ──」

 ──チャコ!












 秀麿は、慈愛に満ちた眼 <まなこ> を愛弟子に向け、言葉を発せず──
 ジャンヌは唖然としたままで──

 ここで、いままでどこにいたのかシンディが、聖斗に歩み寄った。かがみ、男の容態を適切にチェックし始める。
 そんな彼女に、ようやく、といった感じで、秀麿が声をかけた。
「むこうの闘いも、終わったようだの……」
「つつがなく」
「結果は……」
「四組八名、一人も残さず、消滅」
「互いに差異を物にし、互いに互いを征したか……」
「そのようね」
「見届けたか……」
「一部始終。四つの究極の行く末を」
「悪いが、また、呼び出す……」
「そのときは、わたしのレイピアが、お相手するでしょう」
「……」
 まぶた、口中、呼吸、心拍などをチェックしていたシンディが手を止め、柔らかな笑顔を秀麿に向ける。
「で、なんの“毒”を使ったのーーー?」
「トリカブト」
 よどみなく答える老人。だがシンディは引っかからなかった。ふぅと息をつき、彼女は四次元トランクに手を突っ込む。すぐに一本の細長い金属製チューブを取り出した。
「太古の時代の、旧アメリカ帝国陸軍、特殊部隊の救急備品……」
 それを注射器を扱うように扱い、聖斗の首筋にあてがう。瞬間、プシュ、という何かの作動音がした。
「ナノマシン……という、なんだかよくわかんない成分が、ありとあらゆる毒を中和し、各細胞機能を肩代わりする」
 老人が、げえ、と小さくうめいた。
「それ、貴重品も貴重品、だろう? 当然、政府首脳用で、あと数本しか、残存しておるまいに。いいのか……?」
「残り全部、この人のために使うわ」
「かなわん喃 <のう> ……」
 穏やかに答え、そして彼は──












 ゲラゲラと笑い狂う秀麿だった──

 ジャンヌの両肩にいとおしげに両手を置き、天に向かって吠えるように笑い続ける。
 白い獅子髪を揺らし、体を震わせ──
 豪々と──
 天そのものを震わすかのように──
 やがて秀麿は、勝利を誇示するかのように両の腕を突き上げた。
「我、宣言する! マスター・源聖斗との契約は、その意志の喪失をもって、ここに完全に解除されるものなり! こは同時に、この瞬間、『帝釈鬼』の棄教を意味するものでもある!」
 秀麿の体が半透明になった。そのままジャンヌと重なる。
 それは、ジャンヌの声でもあり、秀麿の声でもあった。
「さらに宣言する。わたし、ジャンヌもまた『父なる神』を、棄教せし者なり!
 ゆえもって両名、一白紙人として、新たな契約のために御身を招聘する。千年の眠りから、いざ目覚めよ――『大日如来』!!
 ここに控えおるは、御身の忠実なしもべにして汝の最高位オペレーター、蘇我秀麿ならびに、ジャンヌ・ダルク・カザンザーキス。我らが命 <コマンド> に従い、我らを御身の信者と認めよ!」
 二人の声が空に響き渡った。
「南無大日如来!」
「 〃 」
「 〃 」
「 〃 」
「 〃 」

 このとき、秀麿が、左足を浮かせ、右足一本だけで立った。バランスをとり、体の芯を地面と垂直にして──
 浮かせた左足で、地面を後方に蹴りつける──
 蹴りつける──
 蹴りつける──

 秀麿、口では如来を唱えるも、ここで用いたるは原点、すなわち慣れしたしんだる陰陽の、得意の呪術。時至りたり太乙神数 <たいいつしんすう> 、ここに示せや奇門遁甲 <きもんとんこう> 、読むのは我ぞ六壬神課 <りくじんしんか> 。わが歩法、禹歩 <うふ> が一つ、“たまけり”に、いざ応えい!

 蹴りつけた──

「南無──!!!」

          ※

 瞬間──
 チャコ、なぎ倒された! 吹っ飛ばされるように大地を転がされ──
 偶然、つま先が地面の窪みにかかり、体が停止したのだが──
 両手でしっかりと地面の草を握りしめないと、身体が浮き上がりそうで──

 痛覚のおかげで、惚けていた頭が少しクリアになった。
 今のこの衝撃、この感覚には覚えがある。そう、あれはセキハラの宿での体験だった。シンディがやらかした、超移動! 地球が、いきなり高速微回転したときの衝撃と、ほとんど同じ──!
 今回のは、それプラス、水平方向への連続的な力学も感覚できる。たとえるならば、この地面、この大平原が、実は垂直の超絶一枚大岩壁であって、一旦足を踏み外せば、はるか地平線まで大滑落してしまいそうな、そんな奇っ怪な感覚──!
 このまやかしの重力は、秀麿、ジャンヌの方角を“上”として働いていて──
 そこまで観察してチャコ、ようやくカラクリのタネが知れた。
 この不可視の不可思議な負荷の正体。 <傍点> 遠心力 </傍点> である。
 すなわち、かれら二人が立つ場所は──地軸! 地球の、宇宙の、回転中心!

“極”──!

 電撃的に思い出す! 春の夜の天動説! あの恍惚の、無限のパワーの奔流を!
 そう──
 無限の力のみなもとを!

 そこに今、主役となって立っているのは、自分でなくシンディでなく、敵方の大将の二人で──

<傍点> いけない </傍点> ──

 とってもいけない、やばい、よろしくない。

 だが、どうすることもできなくて──! 

          ※

 ついに──

 全天が、輝いた。
 それまでの青空が消え、全宇宙が真っ白い空間となり──
 そこに──

 光の天頂に映し出される、巨大な結跏趺坐 <けつかふざ> 像──

 お髪 <ぐし> は髻 <もとどり> 、額に宝冠、お顔美しく、衲衣 <のうえ> は偏袒右肩 <へんだんうけん> 。お体にお飾りを回し、なにより、お胸の前で結ばれる左手右手、智剣印 <ちけんいん> ──

「顕現──『大日如来』!」

 そのお姿は大きさは──
 二次元の画のようで、三次元の像のようで──
 わずか数センチのようでもあり、いや、数百メートルはあるだろう、いやいや、あれは数十キロメートル、とんでもない、ひょっとして地球よりも大きいのではあるまいか──
 手を伸ばせば触れる目の前にあるようで、いや、手を伸ばせば届くが、それは腕がゼロ時間に無限に伸びるからで、実は遙かアンドロメダの彼方にあるような──

 そこに停止しているようで、実は光速で落下し続けているようで──
 画像の背後は、宇宙のビックバンにまで続くかと思われる無限の階層、大時空──

「多重宇宙廻廊……」
 シンディのかすかな声。

 チャコは、なすすべもなくただただ上を見上げるばかりで──

「うおおおおおおおおお! 成ったりッ!」
 狂気じみた老人の叫び声──

 地獄が始まる──それは、シンディのかすれた声。












 天では、お目見えの段が終わったのか、画像が消え、もとの夏の大空に戻り──

 地では、がぜん、盛り上がる秀麿とジャンヌだ。

「直ちに『下層神 <アプリ> 』の創造にかかる。なにしろ例の“最終戦争”で、 <傍点> 『帝釈天』以下、前のは全員奪われてしまった </傍点> からな──」
<傍点> それがいないと満足に魔法も使えん </傍点> 、と──
“一人の老人”に戻った秀麿の、溌剌とした声だった。
「それに──神、いや仏とはいえ、一人っきりちゅうのは、孤独なもんじゃ」
 当たり前なことを、いきいきとした声で叫び、今や“サムライ女王 <クイーン> ”となったジャンヌに、きびきびと指図を下している。その新生女王といえば、二十も三十も若返ったような老人を、あきれ気味に眺めていたりするのだ。
「まったく、チョーシいんだから──」
「なにをぐちゃぐちゃ言うとるか。とりあえず四体創るぞ。お前に任せてやるから、ほれ、さっさとやらんか」
「どーやんだよ? セツメーくらいしろよ」
「ばか、何でもいいんだ。お前のイメージで。なんか好きなものはないんか?」
「いきなり言われたって──」
「めんどくさいやつめ。んじゃ、『四神獣』でいいだろう。これだったらお前でもイメージしやすかろう?」
「なんだよそれ?」
「まったく近頃の若い者ったら。知らんはずあるまい? 青龍 <せいりゅう> 、朱雀 <すざく> 、白虎 <びゃっこ> 、玄武 <げんぶ> のことじゃ。いくらなんでも、名前くらいは聞いたことあるじゃろが?」
「そう言われれば……」
「よしよし、さっそく『大日如来』と“アクセス”だ。でないと、せっかくの“力”が、ただの持ち腐れじゃわい」
「へーい……」
「返事はハイ、じゃ」
「はーいはーいはーい」
「ケツ蹴飛ばすぞコラ!」
「いゃあん! エッチ、もっとぉ──ゴメンゴメンゴメンッ、アハハハハ!」
 いまや独擅場の二人である。
 ジャンヌは両目をつむり、意識の集中にかかった。集中──それは、“かつての四級位”が、いままで苦手としていた技術であり──だが。
「──わあっ!?」
 という叫び声をあげて、彼女は目を見開いていたのだった。秀麿が一瞬で悟り、にやりとする。
「どうした“極女王”! それがお前の今の力なんだぞ?」
「──すごい!  <傍点> なんでもできる気がする </傍点> ……」
「よきかな! では、やって見せてくれ」
 ジャンヌ、気を取り直し、ふたたびイメージを紡ぎ始めたのだった。
「──!」
 とたん──

          ※

 おお──!

 東の空に現れたのは──

 体長数百メートル、体重何百トンもありそうな──モノであった。正直、サイズと重量は、“さっき”と同様でまるで把握できないのだが、形だけは明瞭だった。
 ドラゴン──!
 全身が青銀色に輝く鱗で覆われ、太い両足、太い腹回り、太い両の腕、カギ爪──
 背中には悪魔のような、大きな翼を広げ──
 おお! 見よ!
 肩(?)から上には、三本の首が伸び、それぞれ頭 <かしら> を頂いている。
 三つ首竜──!
 そいつらが、牙をむきだし「アンギャーッ」と大気を焦がさんばかりに叫んだのである。

 続いて南の空に現れたるは──

 これまた数百メートル(?)ある巨大なモノで、それは真っ赤な炎なのであった。
 ごうごうと燃えさかり、溶鉱炉よりも熱い光を放射し、よくよく見ると──おお!
 それは鳥の形をしていたのだ!
 その巨大な炎の鳥が、ごおっと翼を広げる──
 くちばし(?)を開いて、「キキャアアアアーッ」という、空気を切り裂くような叫びをあげたのである。

 次は西の空──

 これまた同様に巨大なモノで、それは白色黒縞のトラ──であった。
 ただし、東に対抗するように、これもまた三ッ首なのである。
 エメラルド色した燐光をらんらんと放つ計六つの目がこちらを睨み、その牙だらけの口がそろって開き、「ゴオオオオオオーッ」と、砲撃のごとくに吠えたのであった。

 最後に北の空──

 超巨大な黒亀であった。
 見た目で言うと、この四体の中で、一番重量がありそうであった。
 それが大空に、非現実的にプカリと浮かび──
 これまた「シャアアアアアッ」と危険に呻ったのである。

          ※

 秀麿が絶望的に頭を抱えている。
「お前のキャラクター創造能力には、ほとほと感じ入ったわい」
 最大限の皮肉である。
「だってぇー……」
 ジャンヌ、くちびるをとんがらかす。
 そんな彼女から再び空に目をやり、秀麿はため息とともに感想を述べる。
「東の空の三つ首ドラゴンと、北の空のカメ……。こいつら、かつてどこかで、見たことのあるような気がする“大怪獣”だなぁ……。どっからか、文句が来そうだぞ」
 西の空を見て。
「確かに白地に黒縞模様の白虎だが、頭が三つかよ……。猫版のケルベロスか? まさか竜虎になぞらえて、揃えたってわけでもあるまいに」
 南の空を見て。
「まんま、フェニックスのイメージだな」
 もう一度ため息をついて、結論をつけた。
「お前らしくていいや……」
「へへ……」
 ジャンヌが、笑みを見せた。












 秀麿は紙片を四枚取り出すと、呪文を唱えた。紙片の消滅とともに現れたのは、三度目の復活の、あの武士たちであった。もちろん、記憶は引き継がれている。ジャンヌも余裕で出迎えたのだった。
 武士たち、どの顔も、満足げに充実している。
 二度目とは打って変わって、老人は余裕の笑みで問いかける。
「勝てたか?」
 それに対する返答は、四人とも首を横に振ることであった。
「では、負けたのか?」
 それに対する返答も、同様であった。秀麿、ニイッ、笑った。
「よかったな……」
 そして、再び大空を振り仰ぐ。
「『四神獣』よ、汝ら、この者どもと共にあれ!」
 その言葉に従って、まずは巨大なドラゴンが動き始めた。
 まるで重力波をまき散らすかのように大きな体を迫力満点にくねらせ、空を泳ぎ、こちらに向かってやってくる。
 ところが──

 こちらに近づくにつれて、どんどんと体が小さくなっていくのだ。

 三本あった首も一本にまとまり──
 手足も翼も、胴体に収納され──
 その太い胴体も細くなり、細くなり──
 ──
 こちらに到着したときには、直径3〜4ミリ、長さ50センチほどの、ほんとに紐っきれのような青ヘビへと変じ果て──そのまま、林崎甚助の刀に巻き付いたのである。
 鞘から鍔、柄へとからみつき、それは一見して、刀を装飾する浮彫 <レリーフ> のようでもあった。
 甚助、
「そういうふうに巻きつかれたら、 <傍点> 抜けなくなっちゃうぢゃないか </傍点> ……ウフフ、困るなあ」
 あらたな境地を発見した求道者のように微笑む。

 次に小さくなってやってきたのは、フェニックスであった。
 あの数百メートルあった巨大な炎の塊が、最終的には真っ赤なハチドリになって、あまっさえ「ピピッ、ピピッ」と可愛らしくさえずり、東郷藤兵衛の巨木のような巨体の回りを、肩と言わず頭と言わず飛び遊び回るのだ──
 藤兵衛は、
「おいのは、火の鳥でごわすか……フッフッフ……」
 ひどく上機嫌に笑ったのであった。

 次に来たのは白虎である。これもその途中で首が一つにまとまり、黒縞が消え、最終的にはちっちゃな真っ白い仔猫へと変じはて、柳生十衛兵の懐 <ふところ> にもぐり込んだのであった。
 十兵衛、 <傍点> これは使える </傍点> とばかりに(なにに使うんだか詮索しないが)、顎に手をやり、ヤらしく微笑む。懐の仔猫が、
「みゃー……」
 と甘えるように鳴いた。

 最後の黒亀は、そのままサイズを縮小させただけだった。宮本武蔵の手のひらに小さく、ちょこんと乗った仔亀は、首を伸ばし、武蔵とにらめッコする。武蔵の苦笑いでひとまず決着がつき、
「オレ、のは……亀、かい……」
 やはり懐へと入れられる。

 無事に納まったのを確認して、満足げに、
「四体とも仔の形態をとったのは、事実、生まれたばかりだったから、なのであろうな……」
 秀麿が所感を述べたのであった。










10

 冗談でもなんでもなく、宇宙皇帝と名乗ってもよさそうな秀麿が、いまだ意識なく地に横たわる聖斗に声をかけた。
「この四人、元は儂の式神だったとは言え、神獣をたずさえた今となっては、もはや最強の魔法剣士じゃ。
 ──
 ──この四人を倒すのは、お前の役目ぞ、聖斗。これぞ、師の愛の鞭と知れ!」
 首を、家族に向ける。

 ジャンヌ・侍女王
 林崎甚助・青龍
 東郷藤兵衛・朱雀
 柳生十兵衛・白虎
 宮本武蔵・玄武
 ──

「行こうか。世界征服の道──」

 ふたたび、こちらを見た。
「再見 <ツァイチェン> ……」
 その一言を残し、空気中にと、全員の姿がかき消えていく──

 見送る、シンディ。
 惚けた、チャコ。
 危篤の、聖斗──で、あった。

         ※

 聖斗が、うっすらとまぶたを開いた。
 まだ、瞳に霞がかかっているようで、瞳孔が微かに揺れ動いてもいる。
 くちびるが、開いた。
 それは、弱々しい、小さな声だった。
「──クララ」
「!」
 弾かれるように、のぞき込むチャコ──
 そのチャコの顔を、焦点の定まらぬ瞳で必死に見つめ、聖斗。
「女王に……なりたくは、ないか……?」
「──!」
 突然の、言葉だった。
 チャコ、涙があふれた。首を振る。
「──わからない、わからないよう!」
「……お前は……」
 息も絶え絶えな声。
「今回の……お前は……まるで、脇役だった……」
 げふ、と咳き込んだ。
「主役に……りたくは……ないのか……」
「わからない──どうしたら──! わたしは──」
 苦しげな顔。
「お前は……なんのために……村を出たのだ……?」
「──」
「……この、たわけもの……め……」
 横から、白い、官能的にまで美しい、手が伸びた。
 聖斗の顔に触れ、両目を優しげに閉じらす。
「お眠りなさい……」
 シンディ・ブライアントが、甘やかに、ささやいた。











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