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イレギュラーアースでお茶しませんか?
―― 魔女の回転予報官シリーズ 4 「チャンバラ編」 ――

第4話 決戦の日




 宿を出たのは、まだ星が輝いている時分だった。
「ヘクシュッ……」
 もう夏。だけど、日の出前の放射冷却現象というヤツ(?)で、ちょっと冷えるから。そう言い訳して、だるげな手つきで、マントにくるまった、……いつもと比べて、なんとなく気弱のチャコである。
 逆にシンディの方はというと、今朝はいちだんと気合が入っている。
 全部ホワイトで統一された――丸襟の上品なブラウス。乗馬用のぴっちりとしたキュロット。ロングブーツ。闇夜の中、まるで、オーラが放たれているみたい。
 金髪を後ろで白いリボンで束ね、きれいな顔のラインを惜しみなく露出させている。上から下まで、全体的に、きりっとした印象だ。
 それもこれも今日の仕事を思ってのことだろう。活動的な、激しい運動オーケーな姿だった。ともかく、はじめて彼女のロングパンツ姿を見た。
 変わらない、いつもの持ち物といったら、例の、クリーム色した四次元トランクのみ。それを馬車の荷台に載せて、準備完了となった。
 なんと馬車なのです。今日の二人の移動の手段が、この二頭立ての箱馬車なんであるんです。どこから誰が、と問われれば、『ニコニコ派遣会社』から派遣させた、シンディが、としか答えようがない。
 しかも無償で。
 ぶるるるるる、という、黒馬さんの白い息。貴族向けに作られた典雅な、つやつやとした上質な黒塗りのその車体。最大限の協力をさせて借り受けた四輪馬車 <キャリッジ> からは、しかしだが、なんとなくだが、絶対乗り込みたくない、なんとも形容しがたい不吉な気配が放たれている。
 その上シンディ、魔法で火の玉を四つ作り、馬車の周囲の照明がわりにしてるのだ。なんちゅー演出かと言いたい。これではますます馬車が、幽鬼じみてくるではないか。
 そもそもなぜ箱馬車なのか──
 そう思った瞬間に、チャコは苦い顔になる。考えるまでもなく、決まっていることなのだ。
 丁寧に“お客さん”を迎え入れるため、そのための箱 <ボックス> なのである。
 罪人、という名のお客さんを──
「……じゃ、出発するよ!」
「わかった……」
 お客さん──天草四郎邸に、強制捜査である。はっきり、ケンカしに乗り込んでいくのだ。
 シンディが御者台の左座席。チャコはその右に座る。目の前の二頭の馬は、よく訓練されているようで、シンディの軽い手綱さばきで常歩をはじめる。馬車が動き出した──

 昨日の調査で、相手屋敷には、天草四郎のほか、見慣れぬ人物が数人、同居しているらしい、という情報を得ていた。
 それを、シンディはことのほか重視したようなのだ。
 彼女の頭の中では、事情がだいぶ推理され整理されているらしく、それゆえの、この朝駆けの強襲だった。
 まるで旧世界の決闘である。いかにも太古の風俗好きな、彼女らしいやり方だ。
 いつもだったらチャコも、そんなお祭り好きなシンディに引き摺られて、不謹慎ながらもワクワクとした高揚感を感じているところだ。
 ──
 だけど。
 今回は。
「……」
 だけど、今回は、なんとなく……気が進まない。
「……」
 その理由は、自分でもよくわかっている。
 天草四郎は、なにか罪を犯したのだろうか……?
 いまだにその思いが、頭の片隅にあったのだ。
 この思い、シンディには打ち明けられない。彼女にしてみれば、明白に、天草四郎は罪人なのだ。わたしがもし疑問を口にしたら、彼女でも少なからず傷つくだろう……。
「……」
 自分は、どうしたらいいんだろう。そう思う。
 もちろん、そんなことわかりきっていた。いついかなるときも、シンディを支持、だ。
 なのに、いまだ、片隅では思うのだ。
 ほんとうに、これでいいのだろうか、と……。
「……」
 自然、無口になる。無二の親友と肩を並べ、快適に馬車を走らせながら、しゃべることがない、このやるせなさ! 魔法瓶から熱いお茶を出すことも、なんとなくはばかれる。

 吐く息が白い。

 それに……。
 思う。天草四郎──
 この、胸騒ぎがするほどの、不思議な既視感。
 もう少しで思い出せそうなのに──なぜか、出てこない。
 うっすらと浮かんできたモノに触ろうとすると、スッと暗黒の淵に沈んでいってしまう。
 このもどかしさ。

 天草四郎。

 ああ、あなたは──
 あなたはいったい、何者なのだ?

 天草四郎──
 ──
 ──

 天草四郎──












 街道から屋敷に至る道に入った。広々とした丘陵地帯。その中に長く延びる、さびれた道路だった。

         ※

 はるか、道の先。
 ゆるやかな、少しだけ高い、丘の上。
 そこに立つ、一人の姿──
 ケープをまとった、美少年少女。
 肩までのプラチナの髪の毛、そして、その瞳はワイン色のはずである――
 天草四郎、だった。
 そこに、天草四郎、一人だけ。
「あらら……」
 と、シンディがつぶやいた。なんとなく、うれしがっている響きがある。
「もしかして、読まれてた? フフ……」
 ともかく、そこに。
 わたしたちの相手、天草四郎がただ一人、わたしたちを待ち受けていたのだった。

         ※

 そのときちょうど。真北の空から、太陽が昇り始めたのだ。それは、真夏の太陽だった。












 十数メートルの距離で、対峙した。
 挨拶も何もなく、シンディが威厳をこめて宣告する。
「天草四郎、こと、ジャンヌ・ダルク・カザンザーキス四級位──!」

         ※

 そう、それはいきなりやってきたのだ──

         ※

 ──
 ──
 ──え?

 いま、シンディ、なんて言った?

 ──

 ──天草四郎こと、ジャンヌ・ダルク・カザンザーキス四級位?

 ジャンヌ・ダルク・カザンザーキス?

 ──

 ジャ、ン、ヌ? ……カザンザーキス?

 ──

「──!」

 あああ!

 いまこそ──

 思い出した!

 そう──その名は──カザンザーキス!

 シンディ! あなたまたやらかした! 事前に教えろってんだ! 頼むよもう!

 そう、カザンザーキス!

 懐かしさで胸が張り裂けそうになった。

 そう、カザンザーキス!

 その顔、その形!

 彼女は──

 カザンザーキスの娘だったのだ!

 ああ──!

 ──
 ──
 ──ジャクリーヌ!












「──あなたに、国家反逆罪の容疑がかかっています。それに、殺人の嫌疑もです。
 そこに一人、当方らを待ち受けていたのは、右の罪を認めてのことですか?」
 それに対し、天草四郎ことジャンヌは、高らかに主張したのだった。
「ノン! 我は、当方に非は一点もないことを宣言するためにここにいる。それどころか、逆にその方らを糾弾するために待ち受けていたものである。
 宣告する。罪があるのは、お前たちの方であろう!」
 意外な物言いに、シンディ、慎重に口を閉ざす。
 それに勇気を得たのか、勢い込んでジャンヌが言い放った。
「人一人殺せば、罪人となる。だが一万人殺せば、英雄だ。何を言っているか、わかるな?
 この、戦争犯罪者め──!」

 シンディの顔色が変わった。
「なんてこと……」

 チャコ、事態の把握が間に合わない。とりあえずこの子はあのジャンヌだ。そしてこのジャンヌの言い分は、あんまりだった。まるで凝り固まった狂信者のようなセリフである。
 いったいどうすれば、“戦争犯罪者”という言葉が出てくるのだ? ジャンヌ?
 と──
 ジャンヌがこちらに顔を向けたのだ。
「何を寝ぼけているんだ! いい加減に目を覚ませ! 人の話をよく聞けよ! そして知れ! お前は、いやお前たちは、わたしの仇だということを!」
「ちょっと待って──」
 ──ジャンヌ、と言おうとした。あなた、まず落ち着け! たいへんな誤解があると思うのだよ!
 ジャンヌ、ケープを勢いよく投げ捨てて怒りに身体を震わせる。
「忘れたか!? わが名は、ジャンヌ・ダルク・カザンザーキス! シガラ山はウジ町の、ジャクリーヌ・カザンザーキスは、わが血縁だ!」
「な──!? ジャクリーヌ──!?」

 おおジャクリーヌ!

 言われるまでもない!

 知ってるよ──!

 わたしは知ってる!

 わたしの大切な友達! 忘れたことなんて、一度もないんだ──!

 と、叫ぼうとした。
 が、それは彼女の次の言葉で、封じられてしまったのだ。
「彼女をはじめ、お前たちが起こしたあの大噴火で、親兄弟、一族は、わたしを残して全滅した! ばかりか、何の罪咎も無い町人たちも、あわれ巻添えだ!  よくもまあ、いったいどうすりゃそんなマネできたんだか! お前らはそれでも人間なのか? この悪魔め! 鬼め! 人間の皮を被った禍 <まが> もの、クサレ外道め! 人間だとほざくなら、償え! 今ここで死んでみせろ! さっさと消滅しろ! これ以上生きるんじゃない!」

 ジャクリーヌ!

 それは誤解だ──!

 マントが足元に脱げ落ちた。いつのまにか、台の上で棒立ちになっていた。
 ジャンヌ、背の朱鞘から──おお見よ! 刀を鮮やかに引っこ抜く。チャコ、総毛立った。その刀身が、禍々しく虹色に輝いている──
「正義はわれにあり。お前たち、いまここで、わたしが断罪す! 逃げるなよ、わが復讐の刃 <やいば> 、いざ尋常に受けませいッ!」
 ジャンヌが八双に構えた。チャコ、ふるえあがった。ジャンヌのその姿、まるで地獄の羅刹のような迫力だ。こっちに走り出す──
 とたん。
「ガッ!」
 いきなり透明な何かにぶち当たったかのように停止する。
 隣のシンディが指を振るっている──ああ!
 正直、ホッとした。魔法障壁だ。それも、シンディの。これはいくらなんでも、四級では破れまい。このわたしだって難しい。
 肩の力が抜ける。呼吸が楽になる。余裕が生まれた。
 冷静になって──と呼びかけようとした。
 そのときだった──嗚呼、見よ! そのとき、刀がより一層に輝くのを!
 ジャンヌ──
「“はごろも”!」
 一声 <いっせい> とともに切り下ろす──
 チャコ、一瞬でパニックに陥った。魔法障壁が、シンディの魔法障壁が──切り破られた!?
 ジャンヌ、刀を右の胸元で構える。その独特の構え。その姿その形。おおお、言い表しようのない魔気が吹き荒れる。
 そして、ああ──!
 シンディの術を破った、賢くも力強き鋭利な物よ──太古刀!
 お詫びして訂正する。あれは──模倣刀なんかじゃ絶対ない!
 いくたびの命がけの勝負をくぐり抜けてきた、本物。本物の歴史の証人──
 倒し倒された、人の思いの結晶だ!

 ジャンヌが空を飛んだ──!

 刀を振りかざし襲いかかってくる彼女を前に、チャコ──
 なすすべもなく──
 ──シビレた!












 シンディに強引に座席に引き落とされた。同時に馬にひと鞭が入った──
 二頭の馬がいななき、出来る限りの急発進をした──
 ジャンヌの直線的飛行コースから御者台が外れ、かわりに馬車 <キャリッジ> の箱 <ボックス> がぶち当たる──

 思いの丈を込めたジャンヌの初撃が、あっさりキャンセルされた。
「──クッ!」
 地に落ち、瞬時に飛び退り、体勢を整え──

 シンディ、この機を逃さずそのまま馬車を道の外に走らせ、距離を取り──ゆうゆうと停車させた。
 ウフフ、と恐いくらいに美しく笑う。自分のクリーム色の四次元トランクを手に取ると、ふんわりと、芝草の地面に降り立った。
「戦争のことやシガラ山のこと、誰にふきこまれたのか。また、その刀の由来とか、後で徹底的に調べてあげるけど、今は一つだけ学びなさい。
  <傍点> 私たち二人は、戦争犯罪者ではない。シガラ山の事件に対しても、罪はない。 </傍点>
 その方の誤解である」
 凛と断言したのだった。
「ほざけ──!」
 片手に刀をぶら下げながら、ジャンヌ──
「 <傍点> 嘘つき女郎 <めろう> </傍点> ! とにかく殺す!」
 刀を持ち直した。

「しょうがない、おばかさんね……」
 シンディのトランクが地に落ち、かたんと開いた。そこに右手を突っ込むシンディ。チャコ、ぎょっとした。シンディの右腕が、まるで飲み込まれるように深 くトランクの中に入っていったからだ。それだと腕は鞄を突き抜けて、大地にもぐらないといけないはずだ。だが彼女の腕はそうならず、のみならず、精一杯腕 を伸ばして深い袋の底をさぐっているかのような、そんな肩の動きさえ見せて──
 おお、四次元トランク!
 はじめて目の当たりにしたそのありさまにしみじみと感動するヒマさえ与えてくれず、彼女はすぐさま右腕を引っこ抜き──
 その右手には──
 ギラッと輝く細長い、きわめて剣呑なモノが、握られていたのだった。

 レイピア! エペ・ラピエレ、ザ・ドレスソード!

 刃渡り約2.5フィート。
 豪華絢爛高潔美麗──そして対人殺傷に限って言えば、おそらく人類史上最強の剣。
 ──!
 それは至高の銀光を放ち、優雅に繊細に、かつ力を内包し、まばゆく彼女の手に屹立していて──
 シンディは一度確かめるように、ヒュルウンッ、と空気を切る。そのまま切っ先を、キンと音でもするかのごとく真っ直ぐに、ジャンヌに向けたのだった。
 ジャンヌ、呆然。
 ここで役者の差が出た。はっきり青ざめている。が──

 ああ、ジャンヌ──!

 ジャンヌ、刀を八双に構え直すと、ふたたび捨て身の突進を始めたのだ。
 気迫の相打ち狙い。突かせるが、斬り倒す――!
「アラ……」
 シンディ、優しくニコリとつぶやいた。
「もしかして、素人さんだったの?」
 平気でこちらも歩を進め始める――












「ストップストップ!」
 慌てたような男の声がかかって、双方が動きを止めた。目を向けるとそこに、
「秀麿お爺さん……」
 獅子髪の、浅黄色の水干姿のあの蘇我秀麿 <そがのひでまろ> が、爺むさく左手に杖を持ち、四人の黒キモノ姿の男たちを従えて、ジャンヌの後方に姿を現していた。
「もう少し、ようすを見ていたかったのじゃが……仕方ないな……」
 焦って姿を現したことが恥ずかしかったのか、照れくさそうに、ぽりぽりと鼻をかく。そしてこちらを見た。
「やあチャコちゃん、お変わりなさそうじゃな。結構結構」
 右手を上げて挨拶してくる。
「どうも……」
 芸のない素朴な返事をし、このときになってようやく、正気に戻ったようにチャコも地面に降り立った。とにかく今からは、高みの見物はよろしくない。シンディの隣に並び立つ。
「あら、元気にしてた?」
 これはシンディだ。なぜか、満足げな顔だ。
「レディ──」
 老人、彼女へは、一度低頭して返事とした。
「なぜ止める!?」
 振り返って抗議したジャンヌだ。
「まったく……。止めなきゃ死んでたよ、お前は。困った子じゃな」
 と、久しぶりに二人の前に姿を現した話題の男は、人当たりのよさげな笑みを浮かばせたのだった。

「で、 <傍点> なぜ止めた </傍点> のー?」
 と、よくよく考えれば恐ろしいことをさらりとシンディが尋ねる。
 老人が、ニイッ、となった。
「もちろん、 <傍点> 間違っているから </傍点> じゃ」
「なにが間違ってんのよ! 二人が仇だと教えてくれたのアンタじゃん! 仏道の復興、革命がなるかならないか、伸るか反るか! いったんコトをスタートさせた以上、どちらかが死ぬまで終わらない、だから覚悟きめろってほざいたのアンタじゃん!」
 老人に詰めより指つきたてて激高するジャンヌ。そしてチャコはその彼女のために、なんだか慌ててしまったのだ。――いいのかジャンヌ? あなた、今たいへんなコトを口走っちゃったよ?
 案の定、
「やっぱり、やり始めていたってわけね、世界征服 <ハート> 」
 それはもう楽しそうに、シンディがはっきりと言葉にした。ようこそいらっしゃい──揉み手せんばかりの笑顔だ。
 秀麿の方はというと、その危険な思惑を白日の下にされても、平然としたもの。毛ほども気にかけるようすも見せず、ジャンヌを諭した。
「間違っているのは、刀の向ける先じゃよ。儂の可愛い娘よ」
「──」
 全員が注目し、老人の言葉に聞き耳を立てる。
 秀麿、フイ、と、チャコに人好きのする優しそうな顔を向けたのだった。
「途中まではよかったのに、後半、間違えた。そちらにおられるお嬢さんじゃよ。まず、殺すのは」
「へっ?」
 おもわず変な声が出た。──はい?
「今、金髪の方のレディの相手をしたら、容赦なく瞬殺されちまう。心構えも腕も、レディはお前よっかずっと上なんじゃ。本当に殺される……。娘や、お前に早々と死なれちゃ困るんじゃよ。この爺を、悲しませなんでくれ」
「──わかった」
 わかったんかい!? それこそツッコミの叫びが出るところだ。
(それにしても)
 とチャコは心を曇らかす。お爺さんは、はっきりと自分を殺すと言った。なんとなく憎めない人と思っていたので、正直、少し傷ついてしまった思いだった。なぜ、こんなふうになるのだろうね。
 チャコの気持ちをよそに、事態は休むことなく進展している。ジャンヌが納得したように、白々とした目でこちらを睨んでいた。その視線の冷たさにチャコ、 ようやく、相手は大マジなんだな、と認めるのだ。そして、自分の肌に勝手に鳥肌が立つのを、あきらめの心境で見つめるのだった。
 ジャクリーヌと似た顔つきのジャンヌ。――もしかして自分は、死んじゃえばいいんだろうか?
「そんなのわたし、困るなあ……」
 ビクッとなった。シンディだった。もちろん、今の彼女の言葉は秀麿に対してのものだ。だけどチャコ──
「チャコに手をお出しになるのなら、遠慮なく介入させて頂きますわ……」
 鋭い剣先を迷いもなくビシリと老人に向ける。力あふれる、いつも元気な、そして自分が今、もっとも大切に思う友達だった。
 チャコは顔をあげた。現実と、まっこうから立ち向かおうと思った。
 現実というものは、参加する者だけを相手にして、どんどんと先へ歩いて行ってしまう。チャコが意識したとき、秀麿がシンディに、答えているところだった。
「畏れながらレディ。こうなると思って、貴方には貴方のお相手を、用意してきているのですよ」
 もったいぶった言い回しで、右手を肩の高さにまであげる。そして――後ろに控えし者どもよ、前に出よ──というサイン。

 チャコ、今度こそしゃんとした。どう変化するのかまったく予想がたたないまま、事態は急激に走りはじめている。
(置いてけぼりにされて、たまるもんか──!)
 心を張った。












 ようやく出番が回ってきたか、老陰陽師の、その怪しげな従者たちだった。
 さきほどからのやりとりを、それぞれ興味深く見守っていた、黒を基調としたキモノ、ハカマ姿の四人の男たち。
 大小の太古刀を左腰に落とし込んだ、いわゆる──

 武士イイイッ──!

 と叫んでしまいたい雰囲気ある男たちが、今、老指揮官の指図によって、まるで沢水の流るるごとく、まるで春のそよ風のごとく、ごく自然な足の運びをみせて、秀麿とジャンヌを背中にかばうように、横並びに立ち並ぶ。
 そのデフェンス陣の向こうから、お爺ちゃんは皺だらけのウインクをして寄こしたのだ。
「紹介いたしましょう、レディ。右端から──
 林崎甚助
 東郷藤兵衛
 柳生十兵衛
 宮本武蔵
 ──」
 名を呼ばれるごとに男たちは会釈して──

「──!」
 その名に浅い知識しかないチャコは、むしろ秀麿の技の方、おそらくはよみがえり系の魔術の方に、衝撃を感じたのだが──
 だが──
 ──
 いま相棒の姿を見て、あらためて老人の現出させた状況に、正しく驚愕したのである。

 ああ、知る人ぞ、知る。まさしく。

 その雷名は、はるか数千年の時の壁をぶち破り、現世の空に荒々しく轟いたのであった──!

 シンディが──

 わが自慢の友、いつも元気なシンディは、変わらずほほ笑んだまま。が──
 その顔が、紙のように白くなっている!
「シンディ──!?」
 四人の名に、 <傍点> 恐怖する </傍点> シンディ!!
 狼狽する時間すら与えられなかった。
 敵味方のなれあいも、しゃれた会話の応酬も、余裕をこいた演技 <ショー> もなにもなく、秀麿が大号令を発したのだ。
「四人同時にかかれ! ジャンヌ、行けっ」
 それを合図に――
 四人の武士が親愛と好奇の心情を顔に浮かべ、まず彼らが今まで見たことも聞いたこともないはずの剣技を振るうシンディに、迷いもなくスルスルと迫りはじめる。
 まだ誰も腰のものを抜いていない。
 太古刀を抜いていなければ、それがたとえどんな豪傑であろうと、現代普通人となんら変わりない。はずだ。ましてや今、史上最強剣であるレイピアを手にした、万能選手たる天才シンディの相手には、まったくならない。はずだった。だが──
 ここでチャコは、ショックで目を限界にまで見開くのだ。

 ああ──シンディが、じりじりと退きはじめているじゃないっ!?

 それ以上、人のことにかまけているひまがなかった。
 ジャンヌが刀をふたたび八双に構え、こっちに駆け込んで来ていたのだ──
 たまらず、
「し──」
 四天鬼! と叫ぼうとした。その前に──
 秀麿を中心に魔法の強烈な『念波』が放射され──
「またなの!?」
 またしても──
 チャコの頼りの四魔神は、出現をキャンセルされてしまう。
(しかし!) 
 チャコはさすがに悔しい。
( <傍点> なんでわたしの四人は、秀麿にこんなにも簡単に封じ込められてしまうのだろう </傍点> !?)
 ゆっくり思う間もなかった。
「チャコ逃げて──ッ!」
 どこか遠く離された場所からのシンディの叫び声──
「あ……」
 ジャンヌが目のまん前!
 とっさに後ろに跳び退ったものの、かかとがひっかかり、そのまま尻もちをつき――

 彼女の虹色の光剣が、天空から振り落とされてきたのだった!












 死んだ!

 と思った。
 これは死んだ、と思った。
 わたし、頭割られて死ぬんだ、と思った。
 そう思って、恐る恐る開いた目の前に――

 黒い男が、立っている。

 黒い男がチャコの前に立ち、ジャンヌの攻撃を、身体でブロックしている。
 その黒い後姿――
 黒い長髪、黒い衣装。裾がボロボロの黒マント。黒ブーツ。
 左腰の革ベルトに、黒鞘の、ザパーン国・太古刀。
 背が高く、若々しく、力にあふれたその体つき。

 ああっ!

「――黒男ッ!」

 ついに登場、真打ち登場、最後の登場人物――黒男! 黒男だった!

「──!」

 おおッ!

 かつてピュアの湖で、ヤクザどもの狼藉から救ってくれた男だった。
 そして罵倒の言葉を残し、立ち去った男だった。
 ピュアの夜──
 ひょっとして、自分の血縁かと期待した男だった。
 もしやと自分の心を掻き乱し、結局どうすることもできないまま、去られてしまって――
 今、この命の危機に、再び現れ――自分を――かばって――くれた。

 ──黒男!

 彼に、助けられた……。

 チャコ、顔を赤らめて、我に返った。そして気づいた。ここは素直になれるシーンだということに。
(うん、お礼を言おう!)
 自分のその気づきになぜか嬉しくなる。よく気づいた自分! 偉いぞ、自分!
「あの、ありが……」
 ところがこの男は、まったく聞く耳を持っていなかったのである。無視して動き始める。
(この──ひとがせっかく!)
 黒男は、自分がしたい事をしたい時に誰にも遠慮なく遂行する。
 ジャンヌの体を、突き返したのだ。軽々と。
「わあっ……」
 ジャンヌ、後ろ向きにでんぐり返り。そして、これが古武術の組み手というものなのだろうか、天草四郎の刀が、黒男の黒グローブの手に残ったのだった。
 ジャンヌが地べたから呆然と見上げた。
「あんた誰よ……」
 思わずチャコ吹いてしまった。アハハ、それはわたしも知りたいとこだ。親近感を彼女にいだいた。なんだかチャコ、へんてこな余裕の心で、土ぼこりを払いながら立ち上がった。
 黒男は、一切無言のままだ。
「それ返してよ! わたしんだから!」
 ようやく息を吹き返したジャンヌが勝気に叫ぶ。聞きようには勝手な言い草だが──
 彼は手の戦利品を、興味なさそうに放ったのだった。ジャンヌの脇の地面にさくりと突き刺さる。
 ジャンヌもまた立ち上がり、宝物であるその刀を手に取り戻した。しかしそこまでだ。さすがにもう突っかかってはこない。そうだろう。刀があってもなくて も関係なし。身に染みた実力差。少し顔を赤らめて、口をへの字にむすんで、いかにも無念そうに、賢明にも刀を朱鞘に戻したのだった。そして――
 そして――

 そして──黒男。いまだ無言のまま。

 なんとなくもてあます。ジャンヌはへの字のまま。チャコの方も、感謝の言葉はもはやタイミングを失っている。その場に気まずい空気がただよった。
 そして、やはりというか、そんな場を預かったのは、顔役、長老、年寄りだったのである。
「 <傍点> せいんと </傍点> 」
 と、秀麿が呼ばわったのだ。
「せいんと──」












「せいんと──」
 と、秀麿が呼ばわったのだ。
「ようやく出てきたか。いやはや、お前を引きずり出すのに、えらい難儀をこいたぞ」
 今や動きを停止させている全員に向かって、彼は得意そうに聞かせ始める。
「こやつは自分から、ようしゃべらん奴でなぁ。じゃから儂から紹介しよう」
 舞台俳優のように胸を張って右腕を男に差し伸べ、
「この男、儂が“超級魔男 <まだん> ”ならば、さしずめ“魔王”とでも呼ぼうか、その名を──聖斗 <せいんと> ――という」
 劇的効果を狙って繰り返した。

「陰陽師・源聖斗 <みなもとのせいんと> ──

 ──が、この者の名じゃ!」

 まるで幸福の海に溺れた鯨のように、巨大な嬉しさを持て余すように、興奮気味に老人は続けるのだ。
「我が自慢の弟子にして、認めざるをえない我が後継者。三年で我を追い越したあげく、神を盗み遁走し、結果千年の暗黒時代を現出し、その後一年で同時に八 つの剣流を習得した、呆れ果てたる天才児。貴族であり非人でもあり、将軍であり大泥棒でもある。儂にとっては子のような者であり、ところが今や我が生みの 親でもある、ご主人 <マスター> 様よ!」
 聖斗と呼ばれた黒男は、ここでようやく口を開いたのだ。
「俺が師にして大恩ある親代わり、そして今は下僕のはずの蘇我秀麿の……たんなる“コピー”よ。なんたることだ……」
 おもわず引き込まれそうになる、低く、そして深い声音だった。チャコ、なんだか懐かしい気持ちになる。その頼もしい背中。なんとなく、兄貴に庇護されているような、そんな、なんとなく妹気分の甘い感覚。
 男はそんなチャコに、ちらりと目をくれ、
「この、たわけものめが……とは、もう俺には言える資格がないな」
 自嘲する。彼は続けた。
「つい里心が付き、“形代”に我が師父のキャラクターを与えたが一生の不覚となった。まさか自我に目覚め自立を果たすとは、さすがは、古今東西に比肩する者なしと謳われた俺が師……の性格 <キャラクター> よ。だが、もういいかげん、消えてくれろよ……」
 そう言い終えた黒男の手に、一枚の白紙の札があって、あったと思ったら消えた。
 間髪を置かず見えぬ力 <エネルギー> が槍の形となって秀麿に打ち込まれ、それは突き刺さる瞬間、秀麿の力に阻まれ、砕け散る。その砕け散った無数の不可視の衝撃弾が、突然の攻防についていけ ず棒立ちのチャコの体を透明に打ち抜けて行き――ぶざまにも、めまいに襲われるチャコだった。
 パラパラと灰となって崩れる自分の札を打ち捨てて、秀麿、
「呪符術では互角よ……」
 穏やかに、情をこめて子とも親とも呼ぶ男に告げる。
「ふん」
 黒の男、聖斗は腰の太古刀に手を置いた。
「ならば、斬り捨てるまで」
「ま、そういう運びとあいなるわな……」
 落ち着いた口ぶりで同意する。そして、聖斗の刀の鯉口が切られるのを、みんなが見守ったのであった。










10

 今に伝わる有名なフレーズがある。
『抜けば玉散る氷の刃──』
 その文句に勝るとも劣らぬ温度感、硬度感、鋭利感の白刃が、彼の手に出現したのだった。
 右斜め下に向けて持ち、その刀身にはっきりとわかる信頼の眼差しを送り、聖斗、一言。
「虎徹……!」
 伝説に曰く、石灯籠を切り、兜を割る。今、その刀を持ち、源聖斗──
 百万の軍勢の将、その気品。その真冬の地吹雪のごとき威圧感――
 真夏の草原が一瞬で灰色に覆われ、嵐が吹き荒れたかのような──
 チャコ、そんな錯視に身が震え──
 同じ感覚を味わったのかジャンヌが、真っ青になり秀麿の背中に走り逃げたのだった。

 聖斗、その切っ先を秀麿に向ける。その所作が呼び起こしたのか、いま一陣の風が吹き、敵将の白い獅子髪をなぶるのだ。
 その老陰陽師──
「うふふ……」
 楽しそうに笑って応じた。そして続くのは強気の発言であった。
「聖斗……やれるもんなら、やってみるがよい」
 そして自分の杖を、刀のように構える。だが、それはただのポーズ。彼流に言えば、ただのオチャメだ。実際に彼がチャンバラをするのではない。もはや全員が知っている。カードは別の物であり、そしてそれは、ひっくり返されるのを今や遅しと待ち受けていたのである。
 老人の、必勝の決め手を放つ勝負師のような、最大限の自信に満ちた言葉が響いた。
「儂のサムライどもとな!」
 いつのまにか秀麿のもとに再度集結した、四人の武士たち。
 穏やかに、こちらに振り向くその面々。
 ──!
 ──!
 ──!
 ──!

 彼らの名前を、今一度、思い返してくださいな。

<傍点> その四人の武士 </傍点> たちが、そこに立ち並んでいるのです……。

         ※

 彼らは――
 秀麿とジャンヌを警護するためでなく。
 ジャンヌに剣を教えるためでなく。
 レイピアのシンディを倒すためでなく。
 ただただ──
 源聖斗の命を断つ! ただそれだけのために──

 魔界から生き返されたのだ!

「すべては、おぬしを引きずり出すため。すべては、おぬしを殺すため。ひいては、儂の真の独立のためよ! 見よ、怖いくらいに筋書きどうりじゃ! なんた る完璧! なんたる才能! なんという深謀遠慮であることか! 我ながら自分に酔ってしまうわい! キャハハハハハ……」
 秀麿の、得意げな、そして狂ったような、あの大笑い――

「ふん」
 鼻でこたえる聖斗。
「寝言は、死んでから言え」
 よほどの自信、その胆力。だが――
「来いっ」
 そう呼ばわった相手は、秀麿とは別の男。すなわち──

 嗚呼!

 初めて見る! 今、聖斗の額は、じわりとした“汗”で濡れていて――

 彼の目の前に、一人目の武士が、にこやかに立っていたのだった――!!










11

「林崎甚助と申す」

 すこしやせっぽで、普通の背の高さ。草いきれのする大地にすんなりと涼しげに立つその武士は、ほのかな笑みとともに名乗りをあげたのだった。
 その瞬間、聖斗が、隠しても隠し切れない、絶望の──そして数倍する歓喜の──表情を顔に浮かべた。
「源聖斗、我流です……。私事、このたびの不始末により、尊師の御相手を務めることとなりました。未熟者ながら、これぞ一代の誉れと覚悟し、全身全霊を上げてお挑みする所存でございます……」
「承った」
 ニコリと、甚助。
 すると聖斗、刀を右手のみで持ち直し――
 何を思ったか――
 刀身を鞘に戻したのである。
 そして、あらためて柄に右手をかけ、腰を落とした。

         ※

「居合勝負……」
 いつのまにか横に並んだシンディがつぶやいた。無事だったようだ。ところがチャコには、彼女の健在を喜ぶ余裕がない。ばかりか、もしや隣にいることすら気づいていないかも、という心理状態だ。なぜって? なぜって、なぜって──!

 居合勝負――!?

 そう、聖斗は、抜刀術での勝負を所望! それは始祖甚助の、 <傍点> 彼が生み出した技での、まさに本人との腕比べ </傍点> だった。
 チャコは頭を抱える。なによそれ──

 無謀極まれり──!

 不遜なり源聖斗! おのれの腕を過信し、そこまでうぬぼれたのか源聖斗!?

 このばかああああっ──である。

 だがチャコは、諦観と期待と絶望と信頼がごちゃまぜになった顔をあげるのだ。
 なんとなればこの無茶苦茶な状況──
 反面、したくもない理解もできてしまうからだ。嗚呼――!

 世の剣士ならば、どうあがいてもあの御方には勝てない!

 とどのつまりそれが、結論、なのだ。
 ならば、その御方そのものと言っていい、その刀術に正々堂々、正面から挑んで――散りたい! それが、武士の面目というもの。
 相手を神とも尊敬するがゆえの、死を超越した真心から出た、一人の武士としての挙措なので、あるのだろう。
 ぜったい納得しないけど──!

         ※

 対戦相手、甚助が、少し、目を見開いた。そして楽しそうに、まるで小さな幸せを見つけた童子のように、うなずくのだ。
「その気構え、成ってる」
 聖斗の、その面 <おもて> がパァッと明るくなったのは見逃してやろう……。
「感激です……」
 返礼し、あらためて、気を引き締めて──
 頃合や──よし!
 ここで勝負に入るのだと誰もが思った。ところが──
「──」
 なぜか一拍の間があったのである。なんと甚助が、ためらうふうを見せていたのだ。
 いいや失礼、そんなことはない。希代の名手に、そんな無様はありえない。
 甚助は──あくまでも、物のついで、ごく気軽なふうを装い、
「どこで、だれから?」
 と、口調を抑え気味に、あくまで取るに足らぬ興味を、お表しになられたのである。
 聖斗はそれこそ最大限に真摯に返答した。
「旧世界……そこの住民が、『21世紀』と呼ぶ世界において、尊師の剣流を五百年守り伝えたる者から手ほどきを」
「……」
 ああ甚助、ついに堪らず、感涙の態を見せたのである。
「──」
 待つ、ひたすら待つ、聖斗。やがて──
 林崎甚助──
「……決心!」
 そこで初めて、静かに右手を柄に添えたのだった。

         ※

 お互いに相手へ落下する二つの惑星のように、どちらからともなく、二人が接近する。

 チャコ、指先を甚助に突きつけようとして──
 後ろからシンディに羽交い締めにされた。
「なぜ──!?」
「美学!」
 そんなのくそくらえと体力の限りもがくチャコを、シンディの、これもある意味必死の説得である。
「──あるいは様式美! ここで手を出したらあなたの、いえ聖斗さんの屈辱の負け!」
 チャコ、パニックに陥る。
「つまりどっちにしろ負ける! 死ぬ! お別れ!」
「わたしらが今できることは──!」
 シンディ、腕に力を込め、声をおっ被せた。
「──ジャマせず、見届けること! 万一、負けたときのために──」
 チャコ、負け、という言葉が頭の中で反響する。目が回る。口から泡を吹く──
「うううう!」
「勝負を、しっかり見届けること! 男が命がけで引き摺り出す、相手の実力を──!」
「!」
 力一杯振りほどこうとしたときだった。そのとき、チャコの身体から抵抗する力が抜けた。
 シンディの身体からも、力が抜けた。
 チャコは、間に合わなかったのである。

 二人の目の前で、決着の、運命の、神聖なる銀の光が一筋、走ったのであった──

         ※

 裂帛の気合い──
 一閃の光。

 まさに、稲妻──!

 次の瞬間には、勝負は、ついていたのである。
 そう、一瞬。全ては、一瞬。
 この一瞬で──
 ──

 林崎甚助が──勝っていたのだった。

 それは一人の神の、揺るぎのない、全力、全速──
 人に比べて、はるかに速くて──どうしようもなく。
 そう。
 まぎれもなく、甚助の、勝ちであった──!










12

「うくっ……」
 聖斗の苦悶のうめき──
 甚助の <傍点> 鞘のこじり </傍点> が、聖斗の右わき腹に当たっている。

         ※

 こじり――甚助は、一瞬をさらに細かく割り、刀を鞘ごと引っこ抜き、そして走らせたのである。……完璧に、聖斗の速度負けであった。
 それにしても鞘、である。なぜ鞘、なのか。いったい甚助の心に何が生じたのか、是非とも語ってほしいところだが、その願いは──もはや叶わない。なぜなら、あの光の筋が──
 鞘の軌跡は光は発しない。ならば必然的に、あれは、聖斗のものだったわけで、つまり──
 ああ見よ……。今もって微動だにせず聖斗の刃は、甚助の右首を割っており――

         ※

 遠くから響く、悲痛の叫び。
「ジンちゃん──!」

         ※

 林崎甚助が、莞爾として笑った。
 そして、未練なしに、ポン、というかわいらしい音をたてて、何もかも一切が消滅する。
 あとには、首を少し切り破られた、人形 <ひとがた> の紙片が一枚。ひらひらと風に舞い空へと消えて行く。
 それを名残惜しげに情深く見送るのは、残された聖斗の方であった。

         ※

 チャコ――
「――」
 声にならなかった!
 立ってられなかった。チャコ、両ひざを地について、痛い心臓を押さえ、心の底から、よかった――
 無事でほんとうによかった──
 と、その思いで全身がいっぱいになり──

 が――

 気付くと、聖斗が、ふたたび距離を開けていたのである。
「――二人目!」
 ひっ、とチャコの喉から音がした。まだやるの? 驚き見やるその先に──
「応!」
 答えたは、一人の巨人。そして今度は間違いなく、最初から大刀を鞘から引っこ抜いている――!










13

「東郷藤兵衛……」

 相手が名乗った。その一言で、聖斗の顔が灰色になる。だが同時に、顔かたちは歓喜に変形をもするのであった。
「源聖斗……御相手つかまつる」
 畏れと、興奮で、声がかすれてしまっている。が、それを笑うことなく、あざけることなく、相手は堂々とした礼を返してくる。心の太い、器量人であった。
「いざ……」
 藤兵衛の方から先に、スイッと八双に構える。それは彼の八双、いわゆる――
「トンボの構え……」
 だった。ちなみにシンディのセリフだ。
 トンボ──
 それを耳に聞き、チャコは目を見開き、その光景を網膜に焼き付ける。それは、これ以上の物はあり得ない、始祖ご本人の、神技入魂の形なのだ。
 その立ち姿には、付け加えるものも、そぎ取れるものも何もなく。
 きどりなく、てらいなく――
 あなどることなくただ誠実に、聖斗の準備を静かに待ちつづけている。

 聖斗の膝が一瞬だけ崩れたのを、誰もが見逃さなかった。
 だめだ、と誰もが思った。チャコの視界が絶望の意識で真っ白になった。もうだめだ、今度こそ、負けてしまう――

 ところが──

 ここで源聖斗──

 見ている誰もがひっくり返る行為に打って出たのである。

<傍点> 自分も、トンボの構えを採ったのだ </傍点> !

 ──!

 無音のどよめきが、辺りに満ちた──

 それはそうだろう、甚助に続いてこの男に対しても……まさかご当人の技で相対するのだとは、聖斗よ。
 驚くか、いっそ驚きを通り越して、呆れてやるべきか──
 ──
 ──いやしかし。さきほど師匠から紹介があった、この、天才児と呼ばるるこの男なら、もしかして──ひょっとして──あるいは──甚助のときと同じように──!?
 ──
 そして、再度のどよめきが、わき起こるのだ。幾分かの期待が込められながら──

 藤兵衛、はじめて、表情をゆるませる。その顔は雄弁に語るのだ。なんたる男よ、源聖斗。おいに対しても、そいをやうのか──と。
 しかし、愉快に微笑みながらもその観察眼は心眼は、あえて表現するなら、 <傍点> むさぼるように </傍点> 真剣で──
 ほどなく、当然の論理的帰結から、あらためて充実した笑みを唇に浮かばせるのだった。
 かの男は、身体全体を満たす幸福感に、たまらず呻り声を漏らすのだ。むむむむむ……!
 そう、旧世界の己の剣の、伝承者たちの隆盛に思いをはせて──

「……できちょる。相手に、不足なし」

 出てきた言葉、それは、至高の褒め言葉であった。
 それを真摯に受けて、聖斗、ついに発進する。
「エエエイイイイイイ――!」
 彼独自の、言うなれば『猿叫 <えんきょう> 』モドキの長い気合を発しながら、ついに、突っ込んでいく――
 対して――

「ちぇえええええ――ッ」

 出た! 本家本元の『猿叫』──
 巨漢が、発進する。
 生きとし生けるもの、みな、悲鳴をあげて逃げ出すだろう、猛烈な意思と肉体の渾然となった塊の無敵の驀進が――

 一人は、神の領域を飛び越さんとばかりに突っ走り、神域の一人は、走りすらその御技の結晶で──

 二つの、巨大な彗星同士の正面衝突!

 とうとう――
 両者が――
 ぶつかる!

 ――その寸前だった。

 藤兵衛が、 <傍点> トンボから下段へと構えなおした </傍点> のだ。

 ただし、独特の形の──逆トンボ──!?

 打ち落とす聖斗、すりあげる藤兵衛――
 天と地からの『雲耀 <うんよう> 』同士の衝突──だが――これは──はっきりと――速度の差が――!

 源聖斗が、東郷藤兵衛を、袈裟切りに斬り下げていたのだった。

「トーベェェェェーーー!」
 
 なぜ下段に変じたったるや東郷師よ──!?
 聖斗、世紀の不思議を見つめる目を向けるも、そこに確信と感謝の表情を見とめてしまっては、もはや言葉なし。
 藤兵衛――
「むむむむうん……」
 と、最期の一言。
 万感の一笑。
 ポン、というかわいらしい音をたてて、一瞬の内に──
 巨漢が、あざやかに消滅してみせたのだった。
 あとには、袈裟切りにされた人形 <ひとがた> の紙片が一枚。ひらひらと風に乗り雲間に消えて行く。
 それを澄んだ瞳で見送る、フイゴのように荒い息の聖斗であった。

         ※

 もはや黙ってやらせるしかないのか?
 聖斗がふたたび距離を開けるのを、止める者はいなかった。
「――三人目!」
 まるで搾り出すかのような叫び声。
「承知!」
 答えたのは、一人の逞しい男。見るからに気力充実、満面の笑み。その男が自信にあふれた足取りで、快活に舞台に登場したのである。










14

「柳生十兵衛だ。存分に来い!」

 左眼に眼帯の武士が張りのある声をあげる。もはや動揺するという感覚を麻痺させたかにみえた聖斗だったが、やはり――身体を畏れと興奮で震わせたのであった。
 聖斗、今度はおのれから先に構えた。もちろん、 <傍点> 今までの流れ </傍点> からして、新陰流の相手に対して、中段の基本形である。それを見届けてから、十兵衛が刀を抜く。彼もまた当然のごとく中段で──その瞬間。空気が張りつ め、この二人の組み合わせこそ、息をもつかせぬ剣技の応酬が始まる予感を、見る者に与えたのだった。
 とはいうものの──
 ここで自在に動けたのはやはりというか十兵衛の方。彼の方が積極的に間合いを詰めていく。聖斗は、それに応じて位置と形を変えていく、という具合であ る。もちろんただ動かされているわけでなく、その対応に隙あらばの強い意志が現れていた。数瞬のうちにその技量が計れたらしく、満足げに言葉をかけた、十 兵衛であった。
「源氏の貴公子よ、魔術は使わんのか? この分では圧勝できるやもしれぬぞよ」
 ニカッとする。対して聖斗、迷いない即答であった。
「できるゆえ、使いませぬ……」
 小憎らしくも、ニコリ、という笑顔も付属している──
 聖斗にしてみれば、柳生十兵衛とやり合えているこの状況そのものこそが、イコール、魔法の現れであったろう。また、十兵衛の前の、二人との勝負でも“命 ”しか使っていないこともあり、今この奇跡のような状況に、さらに魔法を重ねることは、運命の巡り合わせというものに対する冒涜、とも考えているのかもし れなかった。
 となれば、対等に応じることこそが、残された出来ることの全てであり、今の不遜ともとれる返答は、その現れだったのかもしれない。
 なんだか推論ばかりの解説だが、勿論、十兵衛は全てわかっているのだろう。彼はただ、苦笑するのみだ。
「わしは、容赦はせんぞ」
「望むところです……!」
 言葉の熱さとうらはらに、着実に“刀術の間合い”を詰めるのだ──

 互いの間合いの縁にまで到達し、そこから十兵衛の剣先が神妙に動き始めた。
 切っ先が、まるで小鳥の尾羽のように小刻みに振れ動き――
 それに対応して聖斗、細かく細かく──構えを修正し、立ち位置を修正し――
 かつ、気合いで攻めるのを忘れず、なんとか相手の体 <たい> を崩そうと、圧力をかけようと――

 いつのまにか聖斗、顔面が汗だった。だがその表情は変わらず、粘り強く、最善と思われる対応を積み重ねて行く。十兵衛相手に、圧力を張り続けていく。
 呼吸が相当困難になっているはずである。その苦しさを毛のほども見せず、平時とかわらぬ顔つきで、必勝──すなわち必殺のチャンスをものにするために、剣勢を整え続けていく。
 粘り強く、粘り強く──!

         ※

 ここにいたって、十兵衛の目に賛嘆の色が宿った。
 かつて──
 十兵衛を相手にし、ここまで保った相手は、マレであった。ほとんどの対戦相手は、彼の剣理の圧力に屈し、途中で暴発し、自滅したものなのである。
 聖斗のこの超人的な粘り──
 たやすく“才能”やら“天才”の言葉だけで、説明がつくものではなかった。そんな道場稽古だけで身に付いた物ではなく、実践の積み重ね、現実の修羅場をくぐり抜けてきた人間だけが身につけた気骨というものを感じさせるのだ。

 十兵衛──
 誰にも聞こえぬ声が、その口から漏れた。
「流石は、わしらの“先達”殿よ──!」

 それは一時の気まぐれだったのであろうか──
 彼の方から、はじめて大きく動き出したのである──

         ※

 剣先の揺らぎが止まった──

 とたん──恐るべし! 掛かっていたのだ! いつの間にか──見守っていた全員が──!
 ケレンじみていた、リズミカルな揺らぎ──
 ただの目くらましだと思いこんでいた、その剣先が停止した代わりに──全員が、呼吸が詰まって──身体が前のめりにふらついて──

 無拍子での神速の面打ちィィィィィィィ――ッ!!

 この瞬間、聖斗の対応こそ見事であった! ケレンに引っかからず、冷静迅速に、引き合わせての、小手打ち――!

 十兵衛の剣先が空を切り、聖斗の刃の先も空を走り抜けていた。
 どちらも、わずか数ミリの間隔で──
 いくら攻撃されても、当たらなければ、避けなくて良い。いたずらに下がれば、それは反撃 <カウンター> の距離を自ら遠くさせることに直結する。だから、移動距離は必要最小限であるのが理想なのだ。
 すなわち、ここで恐るべきは、二人の距離感、『見切り』のその技量だった。

 互いの刀が走って──
 次の瞬間、ピタリ、と何事もなかったように、二人は中段の姿に戻っている──

         ※

「ブラボー……」
 という、空気が漏れ出たような、小さい声が聞こえた。隣のシンディの声だった。
 玄人による、明らかな、称賛の声。今のは、それほどのものだったのだろう。ところが――

         ※

 ところが――
 いままで心の内を見せずに相対していた聖斗が、顔をはっきりと赤くさせたのだ。それは明瞭に、恥の色、または不満、苛立ちの色、悔しさの色、というもので──

 これには十兵衛、隙は見せぬままに、さすがに小首をかしげたのだ。その距離感覚が十兵衛と同等だと誉めそやされて、なにが不満なのであろうや、と――
 そして、その回答はすぐに明らかになったのである。

 聖斗が、片目を瞑ったのだ。左目を――!

「……クククッ」
 十兵衛が楽しげに笑った。その右の一ツ目が、柔らかく聖斗を見つめている──

         ※

 その瞬間、シンディが、頭を抱えた。
 むこうで、秀麿とジャンヌが、ぽかんを口をあけている。
 チャコはというと、このばかーっ、という自分の声が、頭の中に反響していたのだった。
 なんで、なんでなんで有利な条件を自ら捨てるのだ!? 一体なにを考えているのだ──!
 このクソばか男──! アンタそんなんじゃ、生き馬の目を抜く魔女の世界じゃ、一秒たりとも生きてらんないんだから! わかってんのか! こらあああ──!
「──!」
 聖斗 <あのひと> は、なんでああなんだろう!? あまりにも、あまりにも、くそばかばかばかマジメすぎる――!

 ほんとうに、ほんとうに、あのひとは――!

 チャコ、涙──

 好きなんだ! こんなにも──!

 ──

 ──死なないで。お願いだから!

         ※

 いや──

 それがなんかしたか?

 みながどう見て、そしてどう思おうと関係ない!

 ふんっ!

 俺も片目を瞑る!

 ……なのであろう。ともあれ、これぞ、源聖斗の真骨頂であった──

         ※

 が──
 片目を瞑ったことで、事態は一気に加速する。アドバンテージを自ら放棄し、正真正銘、後が無くなった聖斗、聖斗は、その右目に急に決意の光を宿らせたのである。
 十兵衛も同じ思いだったようで──ここに。

 一瞬で、時が至った──

 動いたのは、二人同時だった。
 互いに真っ向から渾身の斬撃を送り込み――
 勝ったのは――

「ジューベーッ!」

 ──

 聖斗! ……だった。

 聖斗の刀が十兵衛の正中線をまっすぐに斬り落ち、同じように降ってきた十兵衛の刀身を弾き、頭から唐竹割にしていたのだ! ああ聖斗の、聖斗の勝ちだった! 間違いなく! だが──!
 だが──!
 ──

「ジューベーッ! ああ、ジューベーッ!」

 気がつくと、秀麿に抱き抑えられたジャンヌ・ダルク・カザンザーキスの絶叫が、辺りに響き渡っている──










15

 ああ十兵衛――!

 十兵衛、破れる!

 柳生十兵衛破れたり!

 これは、宇宙の歴史に刻まれるであろう一大変事であった!!

 だが――なぜ? なぜこのような結果になった――???

 聖斗、絶句──!

 十兵衛が、 <傍点> 閉じていた右目を静かに開いて </傍点> 、聖斗を見とめると、その形を、笑んでいるかのように柔らかくさせたのである──!

 その割れた口唇が、言葉を形作る。

(見事……)

「おおおおおおおおお……」

 なんという、男なんだろうか――!

 柳生十兵衛──!

 聖斗の狂おしく見つめるその先で、十兵衛。
 ポン、というかわいらしい音をたてて、綺麗に消滅する。
 ああ――!
 あとには──縦に切り裂かれた人形 <ひとがた> の紙片が一枚。ひらひらと風に遊び地平線へと旅立って行く。
 それを見送る、左腕から血をにじませた、聖斗であった――

         ※

 そして──
 ついに、ここまで──来た!
「四人目、お願いする」
 とうとう最後となった男を呼ばわったのである。

「ん……オレ、か……ま、そう……いや……」

 その男がぶつぶつ言いながら前に出てくる。──彼が、そう彼こそが、最後の武士だった。









16

「オレは……宮本、武蔵。ま、なんだ……」
 骨ばった顔のその武士は、甲高く、こう続けたのである。
「二刀流だ……ん、んー……」

 源聖斗、今度こそ、凍りついた――

         ※

 偶然か、はたまた必然か──
 今まで聖斗は、対戦相手と同じ条件で立ち向かうことにより、勝ちを拾い続けてきたのである。

 林崎甚助とは、抜刀勝負。
 東郷藤兵衛とは、打ち込み勝負。
 柳生十兵衛とは、片目での勝負で――

 こうして箇条書きに書いてみて、その奇跡の連チャンに目がくらむ──

 しかして、今。

 聖斗の手には、ただ一振りの刀しか、ないのであった。

         ※

 聖斗、中段の構え。ああ、その謙虚さよ! だが彼には、それしか手がない──!

「さて……なんとも……や、そ……」
 対する武蔵は、全身まるで隙だらけ。無造作に距離をつめてくる。ずかずかと、空 <カラ> の両手をだらんとさせたまま。
 聖斗、全身が汗で濡れそぼっていた。頬肉がひくついて、ときおり食いしばった歯並びを見せている。
 押し寄せてくる恐怖の大波に、もう天晴れと言ってやろう、一歩も、退かなかった。──ただし、一歩も前に進めないでもいるのだが。
 自由にふるまい、距離を縮めて来るのは一人、武蔵だけだ──

 その武蔵、ついに到着する。
 二間ほどの距離をおき、立ち止まったのだ。彼は、そこで聖斗を見つめ、やがて、困ったように頭をかく。
 次に、何故か、ゆっくりと、右手で小刀を抜き──一拍の間をおいて、左手に持ち直す。
 最後に、右手で大刀を、これまたゆっくりと、完全に抜き放ったのだった。
「あーーー……」
 そのまま両腕を垂れ下げた──

 これぞ、名高い『八方の構え』なのであろうや?
 武蔵、仕掛けてこない。
 聖斗、こちらから行くべきか迷い、そのときであった。
「あ……、そか。や、その……ま……」
 ここにいたって、武蔵が、なんのためか一生懸命言葉を伝えようとしてきたのである。
 その内容というのが──

「んと……その、だ。十兵衛な、ら、オレ……に、勝てた……ろ。んんん」
 なんてことを言い出すのか!?
 いきなりの、あまりの内容に、目を見張り息を飲む聖斗──
 武蔵はとっかえつっかえ、言葉を紡ぐ。
「十兵衛なら……オレ、に……、二、二、二刀、うん、二刀……目を、……抜かせ、ない。これ……兵法……」
 この瞬間、雷に打たれたかのごとく──
 聖斗、衝撃、真っ青、愕然──で──!
 武蔵は悲しく笑むのだ。すなわち、
「二刀、ぬ、抜いたら……、オ、オレ……勝ち」
 寂しそうに、聖斗の一刀に視線を向けたのだった──

「──!」
 もはや誰の目にも明かである。さきほどに、聖斗は、勝機を永遠に失ったのだ!
 絶望と虚無感に聖斗の顔が真っ黒になり──
 その上である。兵法者・武蔵が、決定的な言葉を積み重ねたのだ。
「……来い」
 もちろん、両手の刀は、そのままである。
 両手の刀はそのまんま。
 絶対無敵の二刀流・宮本武蔵がフルスペックでそこに立ち──
 しかも体調万全でさらに受けの構えも完璧に施した上──
 前三度の勝負で極限の疲労にあり、左腕に傷を負い、たった今希望まで奪われた、ただ一刀のみの挑戦者に対して──
 王者として、絶対的なその命令を繰り返したのである。
「こ……来い……!」
 と。
 お前から、仕掛けて来い──と──!










17

 歴史にifは禁物である。だがもし──
 もしここで聖斗が“行く”ことをためらっていたなら、結末はどうなっていただろう?

         ※

「おおうッ!!」
 完璧に準備されて、しかも理論上勝ちはあり得ないと諭されもして──
 その上で来いといざなわれて──
 それでも──!
 超・絶体絶命の境遇で、なおも身体を前へと、未来へと突き動かすエネルギー、“気合い”を一つ吐き出して──

 源聖斗──

 まるで神仏に向かって祈っているかのようだった。
 敬うように真摯に差し出された諸手の突きは、武蔵の喉元に突き刺さり――

<傍点> 聖斗をマネた </傍点> 、武蔵の左手の一刀だけによる、ただ差し出されただけのやる気のない突きは、物理的にもリーチの差で届かず――

「ムサちゃん……ああ……」

 武蔵は──
「……」
 じろりと聖斗を見て、なんの表情も表さず瞑目する。
 そして、ポン、というかわいらしい音をたてて、消滅したのだった──

 あとには、喉を切り破かれた人形 <ひとがた> の紙片が一枚。ひらひらと天の高みへと、どこまでも上って行く。

         ※

「! ! ! ! ッ──!」
 言葉にならない歓喜の声をあげて、両手を突きあげて駆けだすチャコ──
 その先に──

 勝ったのか、負けたのか?
 天を見上げる、茫然自失の聖斗だった――











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