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イレギュラーアースでお茶しませんか?
―― 魔女の回転予報官シリーズ 4 「チャンバラ編」 ――

第3話 いままでの日




 深緑の森の中の一本道を息せき切って登る。やがて行く手に現れる、青空が開けて見える場所。広い面積を塀で囲んだ、大行 <おおぎょう> な屋敷。どこか火を使っているのだろう、穏やかに立ち上る煙が見え、耳を澄ませば、薪を斧で割る乾いた音も響いてくる。さらに近づくと、ときどき鶏の声 も、風に聞こえた。しぜん、口元がほころぶ。毎日の、普通の、へんてつもない、だがとてもいとしい生活の音だ。我が家だ。今も息づいている、わたしの家 だ。わたしの家族が、そこにいる。
 左右に延びる高い塀。正門である薬医門。板のこすれ傷、柱の引っ掻き傷は、わが成長の証。ああ、この屋敷のあちらこちらに、何物にも代えがたい思い出が重なっている。先祖代々の魔力が降り積もっている。だから、血筋の力で、不燃不破のその重厚な門扉は楽々と開いた。
「ただいま!」
 そう叫ぶや否や、天草四郎――こと、ジャンヌ・ダルク・カザンザーキスは、広い前庭に走り出した。母屋の玄関に向かわず、ぐるっと回る。

 別棟になっている風呂場の釜の前で、火加減を見ながら、手持ち無沙汰に薪を割っている、黒いキモノ姿の男がいた。宮本武蔵だ。その汗くさい背中に走った勢いのまま抱きついた。
「だーーーーっ! ただいまムサちゃん <ハート> 」
「んん〜……」
 手を止めて、仏頂面のまま――喜んでいる! うふふ!
「……ま、そろそ……帰る、ろだと。うん……入れ。いい……湯加減、だら」
「ムサちゃんといっしょに入るゥーーー!」
「ん、なんだ。……莫迦を、うな。莫迦」
「喜んでる喜んでる!」
「んと、ま、……」
 いきなり武蔵が <傍点> 腕を使わず腰だけで背負い投げを打つ </傍点> 。さらにその上、心優しく加減までしてくれていて、ジャンヌは何をしないまま、宙を一回転して、ちゃんと地面に足から降り立っていたのだった。
 いまさら当然のことと認識してるのか、あるいは性格なのか、ジャンヌは武蔵のその技の凄さに驚くこともなく、
「べーっ、だ。本当は嬉しいくせに! ムサシのムーはむっつり助平♪ きゃはははっ」
 大層けしからんことを歌って、そのまま逃げ出した。

 池を回り込んでさらに奥に走ると、ちょっとした野菜畑があって、そこで十数羽の鶏がこけこけと遊びまわっていた。そのそばに、パラッ、パラッと餌を撒いている、黒キモノを身にまとったグリズリーのような巨漢 <おおおとこ> 。東郷藤兵衛だ。
 とうぜん、その後姿に抱きつく。大木の幹の皮の匂いがした。
「ただいま、トーベー!」
「むむ、おかえい。無事じゃったか……」
 姿に似つかわしい重低音。
「わたしがいない間、寂しくなかった?」
 可愛らしく、ブリッコぎみに聞いてみる。
「……」
 返事がない。と――
 そこは流石にうまい具合に加減してくれている、はずの、拳骨が隕石のように落下してきた。もちろん、ひらりとカッコよく躱す。イェイ!
 ……なんだかジャンヌ、今日は妙にテンションが高い。それはともかく、
「やーい、でぶノロマー! 当たんないよ!」
 とまあ、またしてもふざけたことを、天下の藤兵衛相手にぬかすのだ。
 もちろん、当然、さっきの拳骨は彼女のスピードに合わせて加減してくれていたのだが、今のセリフに藤兵衛、無言のまま、そばに立てかけていた木の棒を手に取ったのだった。トンボの構えになる。ジャンヌ、さすがに慌てた。
「練習はあとあと! じゃねーっ、きゃははは!」
 鶏をコケー、ケケーッ、と散らしながら走って逃げ出した。

 靴を放るように脱いで縁側から屋敷にあがる。背中の刀も適当に畳に捨て置いて、自らはドタドタと床板を踏み鳴らして台所に走った。
 そこに、トントンと包丁を使っている、黒キモノに白いタスキがけの柳生十兵衛がいた。さすがに背中に張り付くのは遠慮する。ていうか、そもそも、この男の場合はそんなマネしたらキケンなのだ。
「ただいま、ジューベー!」
「おおう、お帰り。変わりなかったか?」
 背中からあったかい声が返ってくる。嬉しくて、つい甘えた子供のような返事をした。
「それがね……へへ〜ん、教えない!」
 苦笑の雰囲気。
「それは、体に聞いて、という謎かけであろうや?」
「ば、ばーか! この変態ジューベー!」
 この男には少々手こずるジャンヌなのだった。
「くっくっく……まぁ、しばし待て」
 空気に漂うお味噌の匂い、焼き魚の匂い。やがて包丁の音が止まり、まな板の物が、ぼとぼととおナベの汁の中に落とされる。ようやく十兵衛が振り向いた。片目がやわらかく笑っている。
「つまみ食いは許さぬぞよ、チビ姫どの」
「ばーかばーかばーか!」
 挑発に乗る。えいっ、とばかりに皿の上の小芋に手を伸ばす。だがそこは十兵衛、ぴちっと手刀で弾いてのける。もちろん加減してくれている、はずなんでしょうが、骨まで響くこの痛さ、だった。
「いてエよ、ばか!」
 蹴るふりをする。十兵衛が笑った。
「そういえば、風呂わいてるぞ」
 顎をさすりながら、上からいやらしく見下ろしてくる。
「いっしょに入るか? んん? 裏表、隅々まで擦ってやるぞ」
「わっ……あっ……」
 顔が赤くなった。
「――このヘンタイ親父! ロリコン! 性犯罪者! くたばれ!」
 恥ずかしくなって逃げるように走り出す。十兵衛の明るい笑い声が背に当たった。

 着替えを用意するために自分の部屋に行く途中、縁側でばったりと蘇我秀麿 <そがのひでまろ> に出会った。相変わらずの水干姿で、片手に、脱ぎさらしだったジャンヌの靴を下げている。
「あっ、ただいま、ヒデ爺! たいくつしてなかった?」
「アホウ。何をふざけとるか」
 靴を見せつける。渋い顔。
「帰って来たらちゃんと玄関から上がらんか。行儀悪いまねして。屋敷が泣いておるぞ」
「へーんだ、いいんだよ〜ん。ボクあっての屋敷なのだ! 好きにさせてもらいますウ〜!」
「ちゃ、ちゃ、ちゃっ」
 あきれたように舌打ちをする。
 何か小言を被せようとして、秀麿、ふいに、庭の方に顔を向けた。
 ジャンヌもつられて見ると、いつの間にかそこに、一人の、ジャケットとズボン、頭にハットという男がいたのだった。左手に細長い布袋に包まれた荷物を持っている。
「あっ、今お帰り? ジンちゃん!」
 林崎甚助だった。甚助、こうしてみると意外に似合う現代的普段着姿で、愛嬌のある顔を、さらにニコリとさせた。
「ただいま戻りました。姫、ご老」
 ご老が応じる。
「うん、ご苦労。で、今日も変わりなしか?」
「いえいえ……」
 甚助、ジャンヌと視線を合わせると、含み笑いした。
「今日は二つばかし、面白うことがござりました」
「ほお?」
「一つ目は、ホレ、あの無頼どもの頭目……」
「ああ、おったな。……ヤクザの組長というやつだ。いや、社長だったっけか」
「で、そやつが不埒にも、年増の魔おんなと結託して、我らが姫に狼藉を働きましたものでございましたから──斬り捨てました」
 左手の細長い荷物を少し振ってみせる──
 ここは、普通の人なら仰天するところだ。
 さすがに蘇我秀麿、動じなかった。ただ、じろっと、ジャンヌを見ただけだ。
 ジャンヌ、ちょっと、肩をすくめる。
「だってェ……わたしババァの魔法で身動きできなかったし。ジンちゃんが飛び込んでくれたから、助かったんだよ? 乙女の危機だったんだよ! キャッ <ハート> 」
「きゃあ、じゃなかろうに……。甚助、よき働きだ」
 甚助、なんでもなさそうに一礼した。
 林崎甚助――。本日の、ボディガードだった。付かず離れず、そして余人に覚られず、ジャンヌを警護していたのだ。
「ジャンヌ、お前はまだまだじゃ喃 <のう> ……」
「ふーん、だ」
「まあよい、わかった。後はメシを食ってからにしよう。甚助、一服するがいい。ジャンヌも風呂にしてこい。話はそれからじゃ」
 言い終えると、ヒデ爺はジャンヌの靴をぶら下げながら、玄関の方へと歩いて行った。

 ジャンヌ、
「いーーーーっ」
 と子供のように笑いながら、優しい顔をしている甚助に抱きつく。日に十分干された、稲藁の香りがした。
「ジンちゃんアリガトね……」
 甚助は、軽く肩を叩いてくれるのだ。
「はっはっは……姫、ようガンバリなすった」
「うん――」
 ――
 ――
 ――
 涙が、にじんだのだった。

 日が南の空へと傾き始めている。
 とりあえずは、おだやかな一日の終わりだった。












 座敷で、みんなで一つの食卓を囲んで夕ご飯を食べる。ごはんもお味噌汁もお魚も、漬物煮物焼き物全部とも、とってもおいしかった。
 箸を進めながら、家族同然の男たちを見る。ジャンヌと秀麿は寝間着の上に羽織を羽織っているが、四人の侍どもは、簡単に浴衣姿だ。引いちゃう話だが、こ の四人、一緒に風呂に入って、背中の流しっこをしたとのこと。想像すると……オエエッ! もう少しでお味噌汁を吹いちゃうとこだ!
 なんとか笑いをかみ殺し、あらためて彼らを見ると──
 非・人体の彼ら──思念体の秀麿も、呼び出された魔界の住人の四人も──よく食べよく飲んだ。ほれぼれするほどの健啖ぶりだ。
 まじめに考えると不思議なことだが、体の中に入った食物は、どこへ消えちゃうんだろう? 魔界の胃袋? それとも質量がまんま物理エネルギーに変換され んのかしら? 気になってその疑問を口にすると、逆に一斉にみんなに大笑いされた。トーベーやムサちゃんまでもが声に出して笑ってる。
「そりゃお前――」
 箸を振り振り十兵衛が答えた。
「便所に落ちるに決まっとろ?」
「な……」
 真っ赤になって遠慮なくぶってやった。またひとしきり笑いが起こった。

 食べ終え、お茶をすすった。
「ごちそうさま。ジューベー、おいしかった!」
 十兵衛、当然だと言わんばかりのすまし顔。ただ一言、
「おそまつ」
 と答えて、余裕ぶって茶をすする。何に対しても、すごい自信家だなぁ、とおかしくなった。
 みんなが落ち着いたようすを見計らって、
「さて……」
 と、ヒデ爺、
「二つ目を、聞こうかい?」
 さっそく関心事に入った。

「では――」
 湯呑みを卓に戻し、座布団の上、林崎甚助、律儀に正座になる。報告を始めた。
「姫がお帰りの途中で、たまたま通りかかった二人組の上級魔おんなに、尋問されました」
 ぶほっ、と秀麿、茶にむせる。
「姫、すなわち我らが幕府に対する謀反の一事、 <傍点> みごと暴露され申した </傍点> 」
 げほげほと、胸を叩く。
「二人組のうち一人は、戯れ事と思ったのか、穏便にすませようと計らいましたが、もう一人の方が、これが実に規律に厳しいお方のようで――ご老!」
 目が喜びに輝く。ご老が受けた。
「――ウム!  <傍点> ついにかかったか </傍点> ?」
 甚助の笑顔。
「まず間違いなく! その二人組、姫と別れた後、例の無頼どもの根城に乗り込んで、姫の謀反の裏付けを取っており申した。その取り調べの手腕、敵ながら、 あっぱれと申すべき。かの者どもなら大いに期待できましょう。まず確実に魔おんな奉行に報告してくれましょうぞ。となれば、姫の、すなわち我らの企み事が 露見する事、決まったも同然!」
「へぇーーー……」
 ジャンヌは素直に驚く。別れたあのあと、彼女ら、そんなことしたんだ。
 ヤクザの事務所に乗り込んで自分の禁忌行為の裏付けを取った。その行動力と、なにがなんでも法を遵守するという精神の厳しさに、正直舌を巻く。
 それにしても、あのとき、見逃してくれたかと思ったのに。ほんと油断ならない。まず間違いなく、金髪の方の仕事だ、と確信する。
 秀麿は満足そうに頷いた。
「そうか……ようやくだな。これでようやく、プランが動き始める」
 ジャンヌを見る。
「よくぞ、 <傍点> うまくバラした </傍点> 」
 褒められて、ジャンヌ、少し困ったように答えた。
「偶然だよ……。その“厳しい方”の人、ほんと鋭い人で、こっちが何かしたわけでなかったのに、いつの間にか察知していた。世の中広い。あんな人がいるのね」
「臆することはない。お前だって中々のものじゃ」
「メルシー」
「さて、その二人組、どうするかな? 魔女宮に報告するために速やかに立ち去ってくれればいいのだが……。あるいは自分らで解決するために、ここに乗り込んでくるやもしれん?」
「なにしろ、刀で切り捨てた死人も見つかりましたからな。姫の仕業と、目出度く思いこんだ事でしょうから」
 と甚助。“乗り込んでくる”方の意見に、同意する。
 ふと、あの優しそうな黒髪の方の姿を思い浮かべた。彼女には、なんだか悪いことをしてしまったような気分になる。
「──もし、ここに来ちゃったら、どうするの?」
「とにかく魔女宮にさっさと報告してもらわんとならんからな。ここに来たら、儂らが実力を見せつけて、容易ならざぬ事態だと思い知らせねばなるまい。さすれば、慌てふためいて、上にご注進に及ぶであろうよ。そのためには多少、痛い目にあってもらうやもしれん」
「……」
 秀麿、ジャンヌの顔をのぞき込む。
「儂らは世界転覆の謀反を企んでおるのじゃぞ。下っ端なんか相手にしておれん。魔女宮のトップを引き摺りださんとな。そこが、肝心なところなのだ……」
 後半から、独り言のようなしゃべり方になっていた。
「……となると、 <傍点> あの両人 </傍点> がこちらに追いつくのは、早くても半月後か……よしよし……」
 お茶をすする。
 ジャンヌ、あらためて二人組を思い返した。頬がバラ色に染まる。
 一瞬で心を奪われた美少女たちだった。
 就職浪人。社会見聞中の二級位だと言っていた。なるほど、“下っ端”に違いない。
 だったら、名をあげるチャンスは逃がさないだろう──
 ──
 何気ない一言だった。
「明日、やって来たとしても、唐草さんは、あんまし怪我させないでね……」
 秀麿、盛大に吹き出した。












「その二人組の名前はっ!?」
 勢い込んで詰問する。多少びくついて、
「チャコ・唐草さんと、シンディ・ブライアント。どちらも二級位──」
 ヒデ爺、キッと、甚助に振り向いた。
「歳、姿!?」
 甚助、なだめるように、穏やかに答えた。
「姫と同じごろと見ました。一人は、黒髪黒目。厳しい方が、いわゆる“ぶろんど”というもので」
「──」
 やがて──
「ほーーー……」
 と息をついたのだった。
 ニヤリとする。実に久しぶりに見る、その危険な笑顔だ。
「いつの間にか、迫っていたのか。さすがは“レディ”……やりおる!」
「あの二人組、なんなの? 特別な人なの? 知ってる人?」
 危険な笑顔のまま、爺が答える。
「その通り。特別に特別な連中だ。どうしても呼び寄せねばならん相手じゃった。どうやら、一足飛びで計画が進むようじゃ。となると……」
 ヒデ爺、頭をかいた。
「実を言うと……もう少し、お前を鍛えたかったのだが、是非もない。これも運命なんじゃろうよ」
「何者なの?」
 秀麿、ニッ、となる。
「“辻説法”……苦労したじゃろ?」
 いきなり話が変わる。が、それも意味があってのことなのだろう。だから素直に答えた。
「そりゃ……まあ、ね。“仏様”の話なんて、最初だれも耳も貸してくれなかったし、第一、仏を“知らない”人たちばっかで……。なにより、始めたころは、むっちゃ、恥ずかしかった。さんざん笑われたし、脳の病気かと疑われたし……」
 顔が赤くなった。
「……わたしが、もっと、魔法が使えていたら、魔女として実績があったら、もう少しマシだったんだろうけど。ヘタレだから……見くびられて。“落ちこぼれ ”だから、そんなワケわからんモノにのめり込んだんだろうって。自分を誤魔化しているって。『あの名家の末裔が、哀れ』だって。……惨めだったよ」
 やっと、言い終えた。
 秀麿、真面目な顔だった。
「それもこれも、お前が女王、カリスマになるための、布石じゃ。お前の説法行脚は、やがて“伝説”となろうよ。お前が自身言うとおり、無力だったのが、こうしてみるとかえって都合がよかった。これも仏の導きというものじゃろう。
 人前で演説をぶつ、ことを、これからも続けてもらうが、喜べ。次からは、ぐんと、楽になるであろうよ。皆が皆、真剣にお前の語る言葉を聞くようになる」
「どういうこと?」
「一言で言って、魔女としてお前が望んでいた力を得る、ということじゃ」
「魔女の女王になるってこと? でもそれって、仏教そのものと……あんまし関係がなさそうだけど?」
「聡いな……」
 微笑する。
「じゃがな、ジャンヌ。そもそも“魔女”とはなんじゃ?」
「魔法を使える女の人」
「まったくお前は期待にそぐわぬ単純な女の子じゃのう! かえって清々しい位じゃわい。……えい、話が進まんではないか。辞書を引いてみるがいい。はっきりする」
「ぶすう……」
 本気でブーイングしたいところだ。それに、ハッキリめんどい。が、これを機に侍の四人が、食器を片づけ始める。時間を作ってくれているのだ。
「しょうがないなぁ……」
 部屋の学習机に戻るため、立ち上がった。

 持ってきた国語辞典には、こうあった。
「魔女……。偉大な人。優れた人。大人物。徳のある人。慈悲深い人。賢い人。聖人。女性であり、魔法を使うことができる。……」
 秀麿、おもしろそうに笑う。
「おかしいじゃろ?」
「?」
「しっかりしろよ。なんでそんな“優れた、徳のある人”が、“魔”の女なんだ?」
「それは……だって……その……昔から、そう言われてたし?」
「こちらに、上級大学校の学者向けの辞典がある」
 いつの間にか、傍らに大判の分厚い書物が現れていた。ン、もう……。出せるなら、最初からそうしてくれたらいいのに。
「自分の、一般向けの辞典と比べてみるがいい」
「へいへい……」
 秀麿、口をへの字にしたが、何も言わず。図に乗ってジャンヌ、よっこらしょー、とダラけた掛け声を口にして持ち上げた。ま、ふざけるのはここまで。
 ページをめくる。なにしろ大きくて、それだけで一仕事だ。
「……あった。魔女。第一義。……偉大な人。優れた人。大人物。……いっしょね」
「第二義は?」
「第二義……?」
 顔色が変わる。そこには、にわかには信じられない言葉が書き連ねられていた。
「……悪人。悪党。妖女。性悪な女。悪魔と結託して、魔薬を用いたり呪法を行なったりして、人に害を与えるとされた。……」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ!」
 ヒデ爺、愉快げに笑う。
「どういうことなの?」
 この辞書、ぜったい間違ってる。爺様のタチの悪いおふざけに違いない──
「どういう事も何も、そのまんまじゃ。言うとくが、その辞書は、ホンモノじゃぞ」
 得意げに知識をひけらかす。
「お前らが言う“太古の世界”では、その第二義がすべてであったのだ。ところが、時代が進むにつれ、それは二義となり、現代にいたる」
 爺はつまらない嘘はつかない。つまり本当のことなのだ。だとしたら──
 ジャンヌ、自然に思いついた。
「つまり、それまでの悪評をひっくり返す、まじスゴイ尊敬を得られるようなことが、歴史の途中にあったというわけね」
「冴えているな。その通り」
「それはなに?」
「お前らが至極なじみの事じゃ。それあっての、お前ら、というもの」
 また、ひらめいた。
「回転予報?」
「そうじゃ! 民人からこれほど尊敬を集める職業はあるまい? それが千年も続いたんじゃ。魔女の第一義も、変わるというものよ」
「……とにかく、魔女とはなにか、は、わかったわ。それで?」
「──」
 秀麿、数秒ジャンヌを見つめたあと、静かに、ため息をついた。なんだかドキッ、とした。
「なあ、ジャンヌ、不思議とは思わぬか? なぜ、“科学者も数学者も匙を投げた”地球の乱脈回転を、魔女ごときが予報できるのだ? つまりだ、科学者も説明できぬ自転とは、そもそも一体どういうものなのだ?」
 乱脈回転 <イレギュラーローテーション> ──。太古の昔からのシンプルな大疑問をあらためて問われて、ジャンヌ、胸が騒ぎはじめた。
「──」
「答えは、一つしかあるまい? あ、いやいや配慮がたらんか。お前のために、はっきり言ってやろう……」
 ドキドキが、次第にやばくなる──
「──」
 秀麿は真っ直ぐ言った。
「それは、気まぐれな、あるいは逆に政治的な、つまり極めて <傍点> 人為的 </傍点> なものだということだ」
「う──!」
「じゃあ、人為のその“人”とは誰のことだということだが、ここまで来たらもう言わんでも分かるだろ。いや、言おう──」
 ジャンヌ、知らず両腕を拒絶するように突き出していたのだった。
「だめ──! やめて、恐くて聞けない!」
「むう……」
「ごめん!」
 だが今夜の秀麿は容赦なかった。角度を変えて攻めて来た。
「……お前らは“太古の世界”などと、大仰な表現を使うが、その最終戦争があった時なんぞ、今からたったの一千年前じゃ。恐竜の時代から見たら、ほんに瞬きの間にすぎん……」
「──」
「千年前、高度な文明があった。戦争で失われた物が多少あるとは言え、科学の土壌は残っていた。ところが現在、極言すれば、それこそ原始人の太古の世界と変わりない。なぜ、こんなにも科学技術が発展していないのだ?」
「──」
「世界は平和だ。なぜだ? いや、答えを言ってやろう。それは、みんなが、貧乏だからだ」
「う──!」
「では、富はどこへ消えたのだ? どこに集まっているのだ?」
「──」
「なんでこんな世の中に、なっているのだ? もう、わかるだろう。世界は誰が支配している?」
「──世界政府」
「と、魔女宮だ。はっきり認識するべし!」
「でも、でも、世界に争いがないのはいいこと、だよ……」
「ならば問うが、それはつまり、科学のない原始人の世界が理想だってことか? 貧乏は必要悪か? 個人が国を動かすほどの沢山のお金を儲けてはいけないのか?」
「──わからない」
「わからぬか? お前は今、眠っている、という事に。人知れずに管理された世界に生きているということは、催眠術の中にいると同じ事だ。肉体は誰かに管理 されたまま、お前の意識だけが、都合良く作り出された幻の世界に生活しとる事といっしょじゃ。空虚というもの。目を覚ませ。疑問に思え」
「わたしは、目を覚ましているつもりだ」
「では、知りながら管理を受け入れるか? 豚──家畜のように」
「政府の管理、という言い方に、爺のごまかしを感じる。管理なの? これは、この平和は、みんなが納得し、みんなが選んだ社会というものではないの?」
「先ほどの疑問はどこへ行ったのだ。隠し事をされても、盲目的に受け入れるのか。なるほど、そりゃ政治の世界だから、隠したい都合の悪い事実はあるだろう さ。だが、先ほどの疑問は、人が知らないでいていいことか? あんな解答があることを知らずでいいのか? 現実、これは禁忌になっている。真理に到達する と、処罰されるのじゃ。──なぜだ? そもそも、国家反逆罪って、なによ?」
「──」
「お前はどこからやって来たのだ? お前という存在は、どうして創られた? お前の親と、祖先と、その周りを囲む人々によってだろう? そうした命に支え られて、今のお前があるのだ。即ちお前はそうした人たちの生きた証、人々の希望なのじゃぞ。その人たちは、こんな世界を望んでいたのか? 今のお前を見 て、どう思うだろう。そしてお前自身は、自分の子孫に何を残すのだ? どう思われたいのだ?」
「──」
 秀麿、ニヤリとした。
「と、たたみ込まれたら、お前でも、なんぼか考えるだろう。ん、どうだ?」
 ジャンヌ、なんとか微笑みを返したのだった。
「爺のいじわる。だけど──」
「──」
「ともあれ、わたしは、わたしの人生は、わたしの好きに生きたいな」
「儂はそういうお前が大好きじゃ」
「それ前に聞いたよ」
 あっはっは、とヒデ爺が笑った。そして真面目な顔になる。
「今の世は、まやかしじゃ。まやかしの世の中じゃ。この世にある慈悲は、だからまやかしの慈悲なのじゃ」
 目に異様な生気が溢れていた。
「お前、女王になれ! そして世界をもとの、血湧き肉躍る、荒ぶる世界に戻すべし。もしかして、そこにこそ、仏の慈悲の世界があるのかも知れぬぞよ? 小さくともその可能性があるのならば、夢を、見ようではないか。儂らが起つ甲斐もあるというものさ」
「少なくとも、さっきの乱脈回転の大疑問は、白日にしてみたいわ。一度それで、世に問いかけてみたい」
「そこら辺で、手を打とう」
 秀麿、形式ばって、堅苦しく右手を差し出す。ちぇ、と思った。なんだかノリで誤魔化された感じだ。
「ちぇ……」
 ほんとに口に出す。
 右手を握手した。ぶんぶんと振った。
 二人して大声で笑いあった。












「それで、話を戻しますが……」
 甚助が発言した。
「例の二人組のことです」
「おう、そうじゃった」
「何者です?」
「世界征服という遠大な目標に到達するために、その途中でどうしても必要となる、人材よ。さけて通れぬイベントというものだ。ときに、甚助」
「ははッ」
「 <傍点> 気づかなかったか </傍点> ?」
「ハテ──?」
「今日、お主は、ジャンヌのあとを歩き、陰ながら警護をした……」
 甚助、そして残りの侍どもも、ハッと目を見開いた。
「まさか……いや……そのような……」
「何のこと?」
 ジャンヌ、口を挟む。意味がわからない。
 秀麿、返答した。
「 <傍点> 二人組にも、男が一人、付いていた </傍点> はずなんじゃ……」
「うそ。そんなのいなかったよ──」
「……拙者、そのような気配は、なにも……」
 甚助、そうとうショックを受けている。
「無理もない。そう気に病むな。その相手は、儂と同じ魔法使いじゃからな。文字通り、肉体を消すことが出来る。その上、剣士だからな……。向こうは、お主に気づいただろうが……」
「ううむ……不覚……!」
「いつまでも拘るでないぞ」
 甚助、ぐっとこらえて、黙って頭を下げたのだった。
「剣士、と言ったな……?」
 これは十兵衛だ。
「腕は?」
 訊くのはやはりというか、それである。秀麿、答える。
「ほとんど自己流だが、天才の剣でな。童 <わらわ> のころ、事情あって儂の弟子とし保護したが、その時点で既に、お前たちの源流にあたる、京八流の素養があった。このたび、陰陽の魔術で、学び学ばれの順が ひっくり返ってしまったが、本来ならばお前たちの先達となるはずだった男じゃ」
「それは恐れ入る」
 十兵衛が、そして武蔵が、藤兵衛が、唇に笑みを浮かばせる。
「斬るの?」
 昼間の斬劇を思い出して、震え上がる。目の前で魔法よりも速く走った、剣の風。そして服の、肌の、人の肉の、血管の、脂の、骨の、一瞬ではぜ割れる凄まじさ──!!
「どうか一番手は、拙者に……」
 と甚助。
「甚助で終わっちまうだろう……」
 十兵衛が苦笑気味に異議を挟む。
「……だがわしとて、やるとなれば容赦せんからなァ」
 肩を落とす。
「むむ……おいは、新規構案の、トンボか試したく……」
 と藤兵衛が重低音で呻りながら身を乗り出せば、
「二刀、二刀……刀! 二、刀! ……二、二二刀、二二二……」
 と、武蔵も甲高く興奮して膝を進める。甚助がため息をついた。
「お手前がたのご所望を、奪ってしまうことになりますなあ……」
「……」
「……」
「……」
 ……だーーーれも。お互いに。この四人が負けるとは露とも思っていないところが面白いところだが、ところがここで、秀麿が、弟子をかばうような口を挟んだのだった。
「いんや、そうともかぎらん」
 甚助、目を丸くする。
「拙者が、劣るとでも……?」
 秀麿、仕方ない奴らだ、とばかりに顔をしかめる。
「これだから武士はかなわん! おい、相手は魔法剣士と言うたろうが。それも、今日おのれが斬った年増魔女なんぞとは、天地ほども差がある男よ。仮にも儂 の弟子じゃぞ。……まあ、その時にならねばわからんことだが、剣に差があると悟れば、まず間違いなく、あいつは魔法を併用してくるぞ。刀と呪の、言わば変 則二刀流じゃ! 剣速に雷を宿らせ、剣圧に山を乗せてくるぞ!」
「うう……うん! うん! うん!」
「ううむ!」
「むむむ……!」
 秀麿、振り向いた。
「十兵衛、空気と化した敵を、斬り殺せるか? 目の前にいた敵が、瞬時に真後ろから刀を振りかざしてきたら、どう受ける? あいつは、お前の理外の兵法者であるのだぞ」
 十兵衛、納得する。
 秀麿、ジャンヌに顔を向けた。
「覚悟を決めるべし。相手は敵方じゃ。喰うか、喰われるかじゃ。ああ、そうか。もっとはっきり言おう。斬る。殺す。命を奪う。さもなくば、世界は獲れん。こちらが死ぬだけじゃ」
「──」
 体が震えていた。
「さて、と──」
 秀麿、言葉を続ける。
「とはいうものの、実際にあいつが姿を現わしてくれんと、しょうがないのじゃがな。不都合じゃな。何か策を立てるとして……」
 ジャンヌ、突然に首を振った。
「──できない! わたしには、できない!」
「なにがじゃ」
「わたしには、人を殺すなんて、できないよう!」
「今まで、なんのために剣の修行をしとったのじゃ。あの天草四郎の刀は、飾り物じゃないぞ」
「できないって言ってるでしょ!」
 秀麿、冷酷な目の色を見せた。
「あの二人組、お前の仇 <かたき> と知ってもか?」
「え──」
 蘇我秀麿、衝撃的な言葉を口にしたのだった。
「あの二人が、お前の家族親族を死に至らしめたのじゃ。そう、 <傍点> あのシガラ山の大噴火は、チャコ・唐草と、シンディ・ブライアントが起因である </傍点> 。──仏にかけて、 <傍点> 儂は嘘は言っとらん </傍点> !」
「──」
「あの二人組、一体何者なのです?」
 今や完全に自分を取り戻した甚助が、静かに、尋ねた。












 翌日。早朝──
 青白く晴れ渡った、まだ日の出前の空。もう夏なのだろう、地平線遠くには、やがては雄大積雲に成長する、力ある雲の形があった。
 いい天気だった。ここは丘陵地帯、なだらかに小高い丘の上。街道から魔女屋敷に至る道筋の途中にある、全周囲見晴らしのいい、唯一の地点である。
 昔と違い、いまや屋敷を訪れる村人は皆無。馬車が通らなくなって久しく、路面は、所々が青々と茂る草で、覆いつくされていた。寂しく荒れた道だった。
「これもすべて……ママンを殺された、せいだ!」
 そう呟くは──
 肩までのプラチナの髪の毛、ワイン色の瞳。
 白い半袖の開襟シャツに黒い半ズボン。白いソックスに黒の革靴。
 背中に朱鞘の太古刀を背負い、ケープをまとった美少年少女、ジャンヌ・ダルク・カザンザーキスこと、天草四郎。

 ここに、天草四郎、一人だけ。彼女のための、四人の侍たちはいない。

 なんと昨夜のうちに、単身、屋敷を抜け出してきたのだ。真夜中の山道を星明りを頼りに歩き、古式の兵法に則ってこの場所を選んでからは、一睡もせず、時を待ち続け──
 なぜ、一人なのか──いや。
 十兵衛ら、名だたる兵法者たちを出し抜けたとは思っていない。だが、そんなことは問題ではないのだ。
 助けは借りない。
 仇は、誰にも任せず自分が、一人で、討つ。
 こればかりは、誰にも邪魔されたくない。──その思いだった。
 そのかわり、仇を討ったそのあとは。
 家族のために──自分の新しい家族のために、彼らの思い通りの世界を創る、その手助けを全力でしよう。
 そう──今日は記念日。
 今日から、新しい日々が、始まる──始めるのだ。
「──!」
 そのためにも──!
 ──討つ! 絶対。

 その一念であった。

          ※

 そして。
 ──
 ──今。
 何かの予感が、耳元でささやいた。
 顔をあげる。
 見つめるは、道の、はるか地平線の先。
 そこに──
 ゆらゆらとかげろうのように出現したのは──
 二頭立ての、黒塗りの箱馬車。
 なんとまあ、久しぶりの光景。それは──
 4輪が車道を嵌む音。
 それは──
 車体のきしむ音。
 それは──馬のいななき、8本の蹄の音。
 ──
 そして、御者台に並ぶ、二人組。
 黒白の──

 美少女、美少女。

 最凶の“黒女王”ことチャコ・唐草と、レディ、“白女王”シンディ・ブライアント──

「来た……」
 ついに来た。
 それも、馬車で。久しぶりに見る光景を、皮肉にも彼女らが演出している。
「──」
 なぜ、馬車、箱馬車なのか。疑問を思った瞬間に四郎は苦笑する。考えるまでも無く、それは決まっている。
 後ろの箱に、丁寧に“お客さん”を迎え入れるためにだ。
 罪人、という名のお客さん──自分のことを!
 ──
 顔が、引き締まった。

 馬車がやってくる。近づいてくる。
 知らず、体が震える。口元が引きつる。
 黒も白も、どちらも単体で世界最強。しかも今、タッグを組んでいる。
 彼女らを敵とし、いやいや世界を相手に回し、まるで勝てそうもない、可能性ゼロの絶体絶命の立場にあって、それでも四郎──
「──!」
 声にならぬ気合いが、殺気となってほとばしったのだった。

 そのときちょうど。
 背後。
 真北の空から。
 太陽が、昇り始めた。

 それは、力強い、真夏の太陽だった。












 十数メートルの距離を残し、馬車はついに停車した。
 挨拶も何もなかった。いきなり、車上の金髪が、座ったままで上から宣告を下してくる。
「天草四郎、こと、ジャンヌ・ダルク・カザンザーキス四級位。
 あなたに、国家反逆罪の容疑がかかっています。それに、殺人の嫌疑もです。
 そこに一人、当方らを待ち受けていたのは、右の罪を認めてのことですか?」
 四郎、高らかに答えた。
「ノン! 我は、当方に非は一点もないことを宣言するためにここにいる。それどころか、逆にその方らを糾弾するために待ち受けていたものである。
 宣告する。罪があるのは、お前たちの方であろう!」
「──」
「人一人殺せば、罪人となる。だが一万人殺せば、英雄だ。何を言っているか、わかるな?
 この、戦争犯罪者め──!」

 金髪の顔色がはっきりと変わった。

 とまどっている黒髪の方に顔を向ける。
「何を寝ぼけているんだ! いい加減に目を覚ませ! 人の話をよく聞けよ! そして知れ! お前は、いやお前たちは、わたしの仇だということを!」
「ちょっと待って──」
 いまさら知らんぷりする態度にキレた。ケープを勢いよく投げ捨てて戦闘体勢になった。
「忘れたか!? わが名は、ジャンヌ・ダルク・カザンザーキス!  <傍点> シガラ山はウジ町の、ジャクリーヌ・カザンザーキスは、わが血縁だ </傍点> !」
「な──!? ジャクリーヌ──!?」
「彼女をはじめ、お前たちが起こしたあの大噴火で、親兄弟、一族は、わたしを残して全滅した! ばかりか、何の罪咎も無い町人たちも、あわれ巻添えだ!  よくもまあ、いったいどうすりゃそんなマネできたんだか! お前らはそれでも人間なのか? この悪魔め! 鬼め! 人間の皮を被った禍 <まが> もの、クサレ外道め! 人間だとほざくなら、償え! 今ここで死んでみせろ! さっさと消滅しろ! これ以上生きるんじゃない!」
 黒髪が、目を丸くして台の上で棒立ちになった。
 金髪がこっちを凝視して、ついで無意識に、太陽に眩しそうに手を翳した。それを認めて四郎──
 背の朱鞘から──おお見よ! 刀を見事に引っこ抜いてみせたのだ!
「正義はわれにあり。お前たち、いまここで、わたしが断罪す! 逃げるなよ、わが復讐の刃 <やいば> 、いざ尋常に受けませいッ!」
 刀身が、虹色に輝いていた。
 四郎、八双に構えた。
 そして──走り出す!

 が──

「ガッ!」
 いきなり不可視の壁に衝突する。見ると、金髪が、翳した手の指を振るっている。瞬時に悟って恥辱で真っ赤になった。“レディ”の魔法障壁だ。自分には破れない! このまま恥さらしの格好のまま、からめ捕らわれるのか──

 だがそのとき──嗚呼、見よ! 刀がより一層に輝くのを! それを見ずして感覚したのか四郎──
 それは──修練のたまもの、無念無想の体の動きだった。
 四郎は大上段に振りかぶり──
「“はごろも”!」
 一声 <いっせい> とともに切り下ろす──

 金髪の張った不可視の壁を、刀の虹色の軌跡が切り破る!

 四郎、改めてトンボに構えた。これこそトーベー直伝!
 さらに、靴底に溜め込んでいた魔力を開放!
 大地を蹴って、空間を一気に跳躍する。
 これぞ、一撃必殺の、超突進だった──!!











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