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イレギュラーアースでお茶しませんか?
―― 魔女の回転予報官シリーズ 4 「チャンバラ編」 ――

第2話 ヒーローが活躍した日




 蘇我秀麿はわたしのことを「リトル・クララ・ヴィーク、黒の最高女王」と呼んだ。
 たんにこれだけだったら、耄碌じじいの下らないジョークで切り捨てられたであろう。
 が、怪老人は、相棒のことを「Alice Aleksandros Adamant」と呼んだのだ。
 アリスは、尋常に、女の子の普遍的な名前ってことでいいだろう。
 アレクサンドロスとは、これは、もう使われることのない古代語の意味の方が相応しく思われる。すなわち、『女神』である。
 アダマントは、やはり古代死語では、おおよそ『永遠の輝き』という意味を持つ。

 ……で、この相棒の名前。頭文字を並べると、“AAA”となるんである。

 相棒はとっさに「シンディ」と否定したが──心証はかぎりなく肯定だ。彼女の人品、行動、知性、なにより底なしの魔力! そうだと知れば、納得できる。やっぱり彼女は、“そうなのだ”。
 ではわたしは?
 状況証拠は揃っている。わたしは、歳若くして、特一級という実力を持っている。なにより四天鬼が、わたしのことを平然と「クララ」と呼ぶのだ。この時点 でかなり厳しいが、それでもまだ、“身分”についてはジョークだと言い張れる可能性があった。つまり、たしかに相棒は“そうかもしれない”。が、わたしは “違う”。と──

 だが運命は意地悪だ。あろうことかその直前に、相棒自身がわたしのことを、“自分と同格”と認定してくれていたのだ。

 ということは、つまり……わたしは。

 つまり、わたしは……どうしたら、いいんだろう?












 ザパーン国はチューブ地方、ギーフ県には、世界的に有名な“シラカワ”が二つある。
 一つは、飛騨白川郷。由緒ある特徴的な、三角形の家屋が立ち並ぶ集落だ。その伝統的文化価値が評価され、太古の時代において、名誉ある世界遺産に指定さ れたとのこと。その美しい町並みは今も健在……という話である。いずれの日には行ってみよう。でも今は、もう一つの方──

 美濃白川。

 味深く、水色さわやか、香り懐かしの“シラカワ茶”の産地なのだ! さらに付け加えると、このシラカワ茶は、あの“ウジ茶”の親戚なんであるんだよ! びっくりしただろう?
 太古の時代、村のお寺の住職さんがウジに出向いたさい、お茶の種をもらい受け、それを持ち帰って育てたのがシラカワ茶の始まり──という伝説が残されているんだ。
 地球の乱脈回転で一度品種改造されたとはいえ、親戚に変わりないことには違いない。
 となれば、旅の次の目的地としてココを選んだのは、まったく当然のなりゆきだったのかもしれないね。
 山の中に拓かれたシラカワの村。急峻な斜面のお茶畑には、その名もシラカワ川 <リバー> という谷川からの濃厚な霧と、日光がふんだんに与えられ、まさに名茶を育てる絶好地となっていた。
 そのシラカワの煎茶──

 ちょっと脱線するけど、現在、お茶の栽培、増殖は、挿し木方法によっている。お寺の住職さんの昔は、種から育てていたのだが、種には品質(素質?)に当 たりハズレがある。だったら品質が定まっている茶木から枝をもらって挿し木にした方が、品質を効率的に実現できる、という自然な考えで、歴史の一時代にそ の技術が確立されてからは、ほとんどがこのやり方になっている。
 脱線その2。煎茶は、湯温しだいでその口当たりがまるで違う。高温だと苦みが前面に出て、低温だと甘みと旨みが強くなるのだ。
 まあ……それはともかく。

 そのシラカワの煎茶──を、道の茶店で一服。その <傍点> 旨さ </傍点> に旅の疲れがほぐれ、ふうと満足の息をつく、チャコとシンディだった。
 峠の茶店、言うなれば、太古のオープンカフェ。道沿いのベンチに腰掛けて、暖かい日差しと心地よい風を浴びて、チャコはとっても幸せだった。
 そゆわけで……湯飲みをお盆に戻すと、さっそくケンカの続きを再開した。
「春だわ」
 と、まずは鋭くジャブを打ち込む。シンディ、ニッコリと軽やかにスウェーした。
「ほらあそこっ。ヒバリが飛んでるよ」
「空が蒸気でかすみ、とてもうららかだわ」
「ほんと、お眠りしちゃいそう」
「……うう〜〜!」
 明るい春ののどかな青空──
 そう、春! 今は春! 春なのだ!!
 半月前、セキハラの町で、そこの回転予報官・アグネスは、安定した秋日和が続く、と予報した。チャコも、そう予測をたてていたのだ。
 だが、 <傍点> 誰かさん </傍点> の、地球自転への干渉のせいで、それが狂ってしまった。今、地球のおおむねザパーン国周辺は、夏に向かって大驀進中なのだった。
「うう〜〜!」
 あのとき、うかうかとシンディの右手を握ってしまったことが悔やまれる。
 あのとき、徹底して問いつめるべきだった。
 聞きたいことは山ほどあった。
 でも後の祭り――それから今まで、怒っても泣いても、ガンとして口を割らないシンディだ。
「うう〜〜!」
 まったくハラが立つ──!












 あのあとセキハラではたいへんだった。二人はアグネス・ムラタ邸に、数日間軟禁となった。まぁしょうがない。そこのお弟子さんたちとおしゃべりを楽しみ ながら(われながらキモが太くなったもんである!)推移を見守っていると、事態収拾のため、魔女宮から何某という准超級魔女が下ってきた。
 別に不満はぜんぜんないが、オサカでの事件では超級だったのに、なぜ今回は准超級位の魔女なのか? 理由は、その人にあとで聞かされたことだが、そのと き超級魔女は、十三人全員、最高魔女の緊急指令が下されて、世界中に飛び散ってしまっていて不在。それでお鉢が彼女に回ってきたとのことである。
 チャコはシンディを睨んだが、彼女はすっとぼけたままだった。
 准超級魔女は終止おうへいに振る舞い、事件を処理した。シンディのことは知らないようすだった。もっとも彼女の正体を知っているのは、この世に十三人だ けだったのだからこれは仕方ない。その代わりと言うべきか、二人の取り扱いに関しては超魔女会議から厳重なお達しがあったらしく、かなり不満げながらも二 人には追求は無く、町に対しては二人の身柄は魔女宮あずかりとなったと宣告されただけで、当人達は即時に解放された。ようするに、セキハラを追い払われ た、ということなんである。
 もっと事情をおしえろ! というチャコの丁寧な申し出は丁寧に拒絶された。
 それで、横にいる相棒に問うたのだが──
 ああ、ここまでの道すがら、なんど問いただしてきたものか!
「うう〜〜!」
「どうしたの、おなか痛いの?」
 そのたびにシンディは朗らかに話をそらし続けた。その口のうまさったらもう、それはそれはもうもう詐欺師級の絶品さで、気がつくと彼女と、素数のリーマン予想について論じ合っているしまつだ。──ところでリーマン予想て何よ?
「あの秀麿爺さんを探さなくていいの?」
 と、今後の旅の行動指針にかかわる重大事をダシに迫っても、
「用事があれば、向こうからやって来るでしょ。ほっとこ」
 とまあ、どこまでもマイペースなヤツなのだった。
 たぶんだが、その探索の仕事は、世界中に飛び散ったという超魔女が担っている。そう勘を働かせるチャコだ。これは少し自信がある。
 それはそれでいいとして、だがチャコの身にしてみれば、なにも分からず知らされず。気になって、これで旅を楽しめったって、楽しめるかこのヤローなんである。

 シラカワに行きましょう、と最初に提案したのはシンディだ。そこに、なんの謀 <はかりごと> もないことは確かだった。純粋にチャコの気をなだめるための提案で、事実、それで少しはなだめられてしまったのは確かだった。そしたら今度は──なんだか ヤツのいいようになってるのがシャクに障って……。いわゆる一つのデフレ・スパイラルというものだ。(意味が違ってたってしるもんか!)
 というわけで今、シラカワの茶店にのほほんと腰を下ろしている、というわけなのだ。












 チャコの服装はノースリーブのミニスカ黒ワンピ。黒のニーソックス、黒シューズ。略式だが伝統的な魔女のスタイルだ。
 代わり映えのしない相変わらずの装いだが、この服装は、伝統的でありつつもヤングな魔女のスタイルだ。つまり、これでもピチピチの女の子のドレスなのだ。捨てたもんじゃない。
 シンディの方は、両肩をだいたんにむきだした、真っ白なロングドレス。ウエディングドレスのような華やかさ、軽やかさと、宗教的清楚さを併せ持った一着 だった。よくそれで、けつまずかず歩けるものだ、と感心するのだが、そんなことしか思わない自分も、もはや世間の感覚から相当ずれているのだろう。道行く 人々がみんな、じろじろと、そわそわと、自分らを見つめて通り過ぎていくのはなんでかなー、と不思議に思っていたのだ。
 旅人のものとしては <傍点> ちょっと </傍点> 特殊なファッションに、みんなが度肝を抜かれているのだ、と気づいたのはついさっきのことで、これは自分、常識がシンディによって相当蝕まれているぞ、と震え上がったしだいである。
 ──と。
 そんな旅人たちの視線が、いっせいにあっちの方向に向いたのだった──

 チャコとシンディもまた、顔を向ける。
「待てコラ――」
「ヒィッ、ゴメンしてぇ!」
「テマかけさせやがって!」
「見せモンじゃねえぞ! 散れ! おらッ!」
 おそらく逃げて来たのだろう、メイド服姿の一人のお姉さんと、捕まえるため追いかけて来たのだろう、姿だけは執事服の、顔が恐い男の五、六人だった。
「ナメんじゃねえっ」
「だって、だってェ、こんなまねヤらせられると思ってなかったモン――」
「うるせえ!」
「フツーの喫茶店だと思ったのにぃ――」
 これで、なんとなく事情がわかった。場合によっちゃあ仲裁に入ってもいいという貫禄の、年季が入った旅人 <たびにん> たちもちらほら出始めた。──が。
「こっちにゃちゃんとテメエのサイン入りの契約書があるんじゃ!」
 これ見よがしに何か書類らしき物を見せびらかす。取り囲んでいた人々がいっせいにうめいた。これはちょっと分が悪い。見たところ、少しばかり能天気すぎのような気がする女の人。ほんとによく確かめもせずに、ノリか何かでサインしちまったんだろう。
 そのお姉さんの、幼っぽい、妙に明るい声が響いた。
「エーン、エーン、誰かたすけてよ――! ズルい――!」
 みんな、具合悪げ、及び腰になった――

 となりで、盛大なため息の音がした。見ると、シンディ、せっかくの可愛い顔をしかめている。
「しわになっちゃうよ?」
「あはは……ねえ、チャコ。辺境に踏み行けば行くほど、だんだんと質が落ちていくような気がするのは気のせいかしら」
「質って、悪党の質のこと?」
「まあ、もろもろと」
「その土地ならではのいいとこも、きっとあるよ。探す努力をしなきゃ……さてと」
 ベンチから立ち上がる。
「どうするつもり?」
 左の掌底を右こぶしでパンと打って答えた。
「あの契約書を焼く!」
 シンディ、美しくも情けない笑い顔、というすこぶる難しい表情を作った。
「なんて身も蓋もない……。ああ、今や知略と策謀の世界は遥か遠くに消え去り、わたくしは一人、この腕力だけが支配する単細胞世界に、なすすべもなく空しく立ち尽くすのみだわ」
「あれくらいだったらわたし一人で十分。一服してて」
 なんだかんだ言ってもやっぱりトラブルが好きなのだろう。彼女もベンチから腰をあげた。結局、首を突っ込む気まんまんなのだ。
「あーあ、どっかに気宇壮大な、ステキな陰謀でも転がってないかしら」
「陰謀と言えば、秀麿お爺さんは今、どうしてるのかしらね?」
「チャコなんか知ってるの?」
 ……ちぇ。
 ひっかからなかった。
 顔をしかめて、にんまり顔の相棒に声をかける。
「行くよ、愚連隊に突撃。レッツゴッ!」
「イェー!」
 ――

 ――だが、すこし出遅れたようだ。すでにヒーローが登場していたのだった。












 肩までのプラチナの髪の毛、ワイン色の瞳――
 白い半袖の開襟シャツに黒い半ズボン。白いソックスに黒の革靴。
 背中に朱鞘の太古刀(!?)を背負った一人の美少年が、能天気娘を背にかばい、敵の男らに相対していたのだ。
 おお、勇敢な義憤の少年よ! ほらみろ探せばどこにでもカッコイイ男の子っているもんだ! チャコ、なんだか人生に感動してしまう。
 おそらく模倣刀と思われるが、ともかくも我が国の魂とも言える“刀”を背負っているのだ。それなりの覚悟がある、実力を持った少年なんだろうと見込みをつけた。
 ところが――
 計六人の男たちが、少年をみとめていっせいに吹きだしたのだ。バカにしたようにニヤニヤしたり、むせ込んだり。そんな中、兄貴格の黒髭の男が、一生懸命まじめな顔を作って、やっとの思いで、という感じで声を吐き出した。
「これはこれは……“天子様”」
 ウププッ――という残りの連中の息の音。
「“天子様”におかれては、今日も、ご、ご、ご機嫌麗しゅうようで……御慶 <ぎょけい> もうしあげる……」
 兄貴、顔が真っ赤だ。涙がにじみ、声が震えている。
「このような所でお会いするとは、もしや“辻説法”からのお帰りですか……“天子様”?」
 仲間が合いの手を入れる。
「ありがたやありがたや――」
 全員、歯を食いしばって悶絶した。
「……」
 少年の返答はない――

「なんだかあの子、かなりの有名人のようね……」
 人垣の後ろで、シンディがささやく。
「それに、“天子様”とか“辻説法”というコトバが出てきた……」
「……」
 チャコ、ノーコメント。これは本能が告げるのだが、ちょっとヤバイことになってきたと思うのだ。だが我が友はゆるさない。さらに甘い声でささやいてくる。
「宗教関係者?」
 モロずばりの単語が出てきた! チャコ、なんだか必死に沈黙を守る。
「第一、あの“男の子”。……どこか変だわ」
「……う〜ん」
 最初は、どこにでもある安っぽい暴力トラブルだと思っていた。いつもだったら、そんなの、あっという間に片づけて、お終いにしている。あと腐れなく、さっさと次のエモノを求めて立ち去っているはずだった。
 ところが、思いがけずも危険思想を匂わせる言葉が飛び出てきたのだ。チャコ、しまった、と思う。
 一人だけで旅を始めた当初なら、しらんぷりも、断罪も、自分の裁量でなんとでもできた。今は、相棒がいるのだ。
 そう、この上なくとんでもない、相棒。シンディが──
 今、ねちっこく、怖いくらいの真剣さで“少年”を見つめている。それは――
 まるで――
 異端者――でも見つけた秘密探偵のような、そんな目の色の冷たさで――
 ──

 肌に、ちりちりとした感覚。
 さっきの単語どれもこれも、現世界政府の“禁忌”につながる言葉だった。
 そして──
 まだ正式に明かしてもらっていないが、まず間違いないシンディの身分!
 ──

「!」
 二人のそれぞれの思いのこもった注視のなか──
“少年”が、動いた。












 黒髭兄貴が、わざとらしく契約書を目の前にかざしたのだ。少年がつられるように反応した。
<傍点> 右手人差し指を、それに向けて突き出したのだ </傍点> 。
 そして起こったのは、チャコとシンディにのみ感覚できる、魔力の波動だった。

 魔女――!

 花のかんばせのあの“少年”は──少女、美少女だった。今まで感じていた違和感に、たちどころに得心がいく。バストは、たぶんサラシかなんかでホールド しているんだろうが、こうしてみるとやはり不自然。決定的なのはウエストのくびれとヒップの丸みで、これはもう少女のものでしかあり得ない。もし本当に少 年なのだったとしたら、嫉妬で絞め殺してやりたくなるほどの愛らしいラインだ。
 顔かたち、首の細さ、露出した腕と脚の見た目の柔らかさ、その形の良さなど、そうだとわかればもはや少年には見えなくなる。男装してもなにしても、どうやっても女の子を隠しきれるものではなかった。
 その上──

 魔女だったのだ!

 そして、魔女たる彼女は、チャコと同じ事を考えた。
 契約書の焼却――
 彼女の指先は力強く書類に向けられ、止める間もなく魔法が発動された。こうなったらたとえヤクザといえど一般人には防御不可能。書類は燃える──
 ──はずだった。
「!」
 その少女が、そして自分たちも二人して驚いた。 <傍点> 契約書が、魔力を跳ね返した </傍点> のだ。
 弾けるように黒髭が叫んだ。
「“奇跡”は、起こりませんでしたなあ――」
 男たちのタガが外れた。もはや盛大に笑い転げている。
「この契約書のペーパーは、特注ものでしてねェ――」
「正回転予報官、パプリカ様お手製の品物じゃあ!」
「驚いたかい、 <傍点> 前 </傍点> 回転予報官サマ――」
「いや、前もなにも、天子サマは、予報官ですらなかったじゃねえか!」
「違 <ちげ> えねえ! その御年で、四級位――」
「名門の“最高傑作”──」
「おちこぼれェ――」
「FOOOOOO──!」
「ギャッハッハッハ――!」
「なんなのよー、ちゃんとやってよー、バカじゃん、ヘタレー」
 助けてもらう立場のお姉さんまでもが文句をたれる。
 少年装の美少女の顔が、恥辱で真っ赤になった――

 シンディが、不機嫌そうに頭をガリッとかいた。
「……四級位、ですの」
 女の子に苦い顔を向けてつぶやく。
「立ち向かった姿勢は評価してやりたいけど……四級の人は、やっちゃいけないんだよ……」
 難しい顔。
「さっきの彼女の魔法、実際弱かったし……おかげで魔女の行為がばかにされてるし……」
 たまらずチャコは鋭く答えた。
「弱いってなら、あの契約書もヘナチョコじゃん!」
 ハラを立てていた。男どもとお姉さんのふるまい。回転予報官と地元ヤクザとの癒着。(そしてちょっとだけシンディの言い草、)何もかもに──
 右手人差し指を、黒髭の手にある特注ペーパーに向け、小さく叫んだ。
「バンッ!」
 とたん、契約書が粉みじんに吹っ飛んだ──

 沸騰した湯が、一瞬で、その煮えたぎった形のままで凍り付く──そんなふうに、その場の喧噪が瞬間的に消えた。
 チャコ、血のたぎる勢いだった。
 人々を掻き分けズイズイ前におん出ると、大きな声で名乗りをあげた。
「わたしはチャコ・唐草二級魔女! 魔女の権限で今からこの場はわたしが仕切る! はっきり言っておまいら気分が悪いんだ!」
 いきなりどやしつける。
 ショックで口もきけない、固まった男らの前で、続けてガンガンと啖呵 <たんか> を切った。
「自分勝手で厚顔恥知らずの、この唐変木めらがッ。インチキペーパーかざして何が契約書だバカヤロー!」
 人差し指を黒髭に向ける。
「じゃあこっちも好き勝手やらせてもらうから、どーゆー目にあうかこの際存分に味わえ!」
 ひさびさ、チャコの瞳の奥に火がともる。
「――豚になれ!」
 とたん――
「――ぶううう!」
 ばさりと地に落ちる執事服。その中から現れた、黒髭の変わり果てた姿だった。
 残りの男たち――というか、その場に居合わせた全員が文字通り震え上がった。
 チャコ、能天気なメイド服のお姉さんに顔を向ける。
「これに懲りたら、今度からちゃんと契約書読め!」
「は、はいいいッ――ひぇえええぇぇぇ――」
 真っ青になって転ばんばかりに走り去っていく。
 残りのヤクザに顔を向ける。腰を抜かしながら、あたふたと逃げ出しはじめた。
「黒髭一人残してどこへ行くつもりだ、こらあ!」
「ひいっ」
「おたすけ!」
「つれて帰れ! さもなきゃ、丸焼きにして喰っちゃうぞ!」
「ぎゃー!」
 ――
 しっちゃかめっちゃか!
 ――
 この場を大混乱に陥れ、チャコは決着(?)をつけたのだった。












 おなじくらいの年齢、背丈の、その四級魔女が挨拶した。
「ありがとうございます。ぼくは……いえわたしは、天草四郎といいます」
 こちらも改めて名乗って階級を告げると、彼女は憧れるような眼差しで、少しほほを赤く染めて、一礼する。
 ここは騒動が終結し、穏やかさをとりもどした街道ぞいの空き地。
 美少年姿の美少女、天草四郎。そのためか、行き交う旅人たちが、こちら三人をまぶしげに見やりながら、通り過ぎていく。なんだか目立っているような気がするが、今はそれどころじゃない。
 上座に陣取ったシンディが、少し恐くなっていた。
「天草四郎、さん、ね……」
 声の温度もひんやりとしている。だがそれに気づくことなく、少女は微笑みながら、
「はい、そうです」
 ときっぱり答えるのだった。

 天草四郎──どう聞いても男性名だ。だがシンディは追求しなかった。
 四級という階級とその立場について、説教もたれなかった。
 まどろっこしいことをせず、いきなり問いただしたのだ。
「“天子様”と“辻説法”、さらに“奇跡”と呼ばわれたことについて、説明していただけないかしら」
 とたん、それまで微笑んでいた彼女の顔が、さっと曇った。
 ああ、はじまった……。
 チャコ、こっそりと息をつく──

 あらためて──それらは現政府にとっての禁忌を連想させる言葉だった。
 さらに、よりによって彼女自身が、つまり政府に認知されている側の“魔女”が、そう呼ばわれたのだ。シンディの立場としては、真剣にならざるを得なかったろう。
 だがそうは言っても──かわいそうに。気を許した相手から、いきなり平手打ちをくらった思いに違いない。
「……その」
 しどろもどろ。
「……このところ、風紀が乱れているように思われるのです」
「……」
 なんとも痛々しいようす。言い分は、もちろん、シンディはつゆほども信じていない。風紀が乱れている? それはあまりにも、とってつけたような、唐突な話だった。
「……それで、その……」
 口をつぐむ。そのままだんまりを決め込むかと思ったが、やっぱり魔女の階級差は絶対だった。彼女は命令を完了させるべく、言葉をつなぐ。
「それで……誠実な、生活に戻れと……神様は見ていらっしゃるのだと……」
「……」
「……このあいだから、町中を……歩いて、語りかけることを……はじめたんです。そしたら……彼らが……勝手に、そんなふうに、呼びだして……」
 なんとかストーリーを言い終えた。
 残念だけど、それでは、なぜその言葉であったのか、が説明できていない。なにも“天子様”でなくとも、「実にお堅い“魔女様”」で十分でないか……。
 だが、それでいいと思った。なんたって、魔女が野心を持つのは常のことなのだから。
 天草さん、階級が上の同業者に見つかってキモが冷えただろう。学習してくれたはずだ。あとは、はみ出してしまった野心のツノの部分を、引っ込めてくれれば、それで不問にしていいはずだ。
「そうよね、世の中乱れてる。さっきも、契約書で、回転予報官がヤクザもんに協力してるようなこと、しゃべっていたし」
 助け船を出してしまうチャコだ。
 じろりとシンディに睨まれる。
 だがため息をついたのは、シンディの方だった。
「まあ、いいわ……」
 ラッキー! 心の中で、ガッツポーズをするチャコだった。

         ※

 それにしても、希に見る美少女だった。
 いや、美しい、という言葉よりも、かわいらしい、という表現がよりふさわしい気がする。
 と──
「……?」
 いま何か、思い出しかけたことがあって……。意識すると、それは真夏の淡雪のように、たちまちのうちに、消え失せてしまって……。

         ※

 シンディはちらりと天草少女の持ち物に目を向けた。
「その背中のものは、ただの飾りだったのかしら?」
 そう言えばそうだった。それは聞いてみたかったことだ。魔法がだめだったら、腕力、つまり剣術で行くと思っていたのだ。興味がそちらに向き、先ほどのもやもやした感覚が脇に追いやられる。
「……」
 天草四郎は恥ずかしそうにうつむき、一言もない。
「こけおどし?」
 たぶん、そのとおりなのだろう。腕が未熟なのだ。もしかして、まともに抜くことすらできないのかもしれない。すんなりと抜いて格好つけられなかったら、ちょっと無様だ。
 それに、なんたって、女の子なのだ。
 本音は、武器なんか携帯したくなかったのではないだろうか。それもよりによって、目立ち度ナンバー1、所持者の覚悟のほどをいやでも問われる“太古刀”なんて……。
(あ、……そうか。それでなのかも)
 もしかして、剣の師匠がいて、その人の厳命なのかもしれない。未熟でも常に持ち歩くこと。目立つこと。
 男装も、男の名前を使っていることも、修行の一環。なんとなく剣術者の“覚悟”という言葉で、全部説明がつくような気がする。こうしてみると、それも案外きびしい修行だ。
 同じようなことを考えたのか、シンディはそれ以上追求しなかった。

 少女がチャコに顔を向けた。
「こちらからもお尋ねしてよろしいでしょうか」
「どうぞ?」
「あのブタは、どうなっちゃうのでしょう」
「ああ!」
 チャコ、安心させるように笑顔を見せた。
「大丈夫よ、家に帰ったら、元に戻るようにしてあるから」
 心根のやさしい子なのだろう。どうしても肩入れしたくなってしまう。
 ところが、
「ああ……そう、なんですか」
 なんだかがっかりした表情を見せた。それに疑問を思う間も与えず、彼女はいきなり挨拶した。
「では……」
 一礼し、背を見せる。
「あ……」
 止める間もなく、歩き始めた。












 おもわず苦笑してしまうチャコ。
 さらっと置き去りにされてしまった二人だった。
 実を言えば、旅の道筋から言うとチャコたちも同じ方向なのだが──追いかけての同道がためらわれる。気まずくもあるし。しぜん、その後姿を見送る格好になった。
 なにやらシンディがぶつぶつ言っているが、気にしない。
 チャコとしては、シンディから、逃がしてやりたい気持ちの方が勝っていた。

 逃げて、お隠れなさい! 何かやりたいことがあったとしても、上手に、ひっそりと、ね……。
 ──
 少し、安心して──
 心に余裕ができて──
 ──

 プラチナの頭髪、白いシャツと黒い半ズボン。背に揺れる朱鞘の刀。華奢な体つきの彼女が、だんだんと小さくなる。

 ──

 そのときになって、ようやく気づいたのだ。

「あ……」
「どうかして? チャコ?」
 最後の最後になって、チャコは自分の胸にわだかまっていた感覚、もやもやの正体に、ようやく気づいた。
「あの子……以前に、会ったこと、あったっけ……? どこかで……」
 あの顔かたち――
 ──
 それは──強い、既視感だった。












 そんなチャコのようすを見定めてから、彼女は言った。
「――戻りましょう」
「え?」
 シンディが顔を向けた先。それは、今まで旅して来た道。逆戻りの方向だった。
「まさか……」
 オサカの都会に戻りたくなった?
「違う違う、誤解しないで。――調査よ」
「……」

 シンディはやっぱり甘くなかった。
 今日、天草四郎はどこへ行っていたのか?
 男たちが言ってたように、もし本当にやっていたのだとしたら、どこで“辻説法”をやっていたのか?
 聴衆がいたのか?
 いたとしたら、その規模は?
 その説法の内容はどうだったのか──すべて確認する。

「──」
 チャコ、言葉が出ない。
 やっぱり、シンディは甘くなかったのだ。
 チャコ、かろうじて。
「今、彼女を追わなくてもいいの?」
「もう彼女は、家に帰るだけでしょう? 有名人のようだから、住居を探すのはわけない。それより、今度あったときのために、少しでも情報を固めときたいの」
 天草四郎と再戦する気まんまんだ──!
 チャコ、言葉が出ない。

 これは彼女、きっついことになるぞ。……大丈夫か?

「行くよ、レッツゴッ!」
「い、い、いぇー……」
 容赦なく引きずられるチャコであった。












 そして──

 そこに、事件があった。それも──殺人事件。

 場所は、男たちの事務所、その名も『ニコニコ派遣イキイキ会社』だ。天草四郎の行状を調査するために、シンディが、まっさきに乗り込んだ場所だった。
 シンディ、ほんとに頭がいいと思う。
 ところが、そこで──

 黒髭が豚から人間に戻るところを目の当たりにしていた社員ら全員が、二人の来襲に恐怖で腰を浮かした。そういうわけでシンディの命令に簡単に屈し、社員 の一人が二階の社長室に出向いたのだが──やがて聞こえる彼の悲鳴。駆けつけるシンディ、チャコ。その他の社員たち。そこで見たものは、社長、およびその 愛人と化していた回転予報官・魔女が、惨殺されていた姿だった。

 シンディも自分も、その光景に顔から血の気が失せた。だが、一瞬早く冷静さを取り戻したシンディが、その場で出来る限りのことをした。
 凶器は、長い刃物。たとえば、 <傍点> 刀 </傍点> のようなものであると推測された。
 それも、みごとな一太刀である。斬った人物は、よほどの手練れと知れた。
 二階の社長室には、今のように正面玄関から事務所室内を通って行くルートと、建物の裏手の非常階段から直接行くルートがあった。この裏手ルートを使うと、社員に知られることなく出入り可能となる。現に、回転予報官の在室をこのときはじめて知った、と社員らが口を揃えた。
 非常階段のドアの鍵、社長室のドアの鍵は、社長のポケットにあった。そしてどちらのドアにも、鍵はかかっていなかった。
 このことから考えられる犯人像は、社長自ら招いた人物か、あるいは、鍵を問題としない魔女になる──

 人死にと自分の将来に対する不安からか、一部の社員が興奮を抑えきれず騒ぎはじめた。それが空気感染し、事務所内は蜂の巣をつついたような状況になった。
 シンディ、パニックに陥った社員を、その氷の目だけで沈静化させる──
 チャコにはできそうもない、貫禄の技……。

 シンディはチャコに振り向いて、言った。
「ヒーローが刀を抜けなかったのは、未熟だったからではない。抜いたら、血糊で、バレるから」
「あのう、それって、もしかして彼女のこと言ってる?」
「あたりまえでしょ!」
 ぴしゃりとやられる。
「この会社を恨んでいる別人の仕業ってことは──」
「いやいや、ないっス。恨んでるやつはいるかもしれんけど、こんなことできる人間、いないっス。みんなナヨナヨしたウサギみたいな奴らで、めそめそ泣き寝入りしかできんやつらしか、ウチら契約しない──」
 豚から人間に戻った黒髭がなれなれしく口を挟み、シンディに睨み付けられ縮こまる。
「でも、彼女には動機がないじゃん!」
 なんとか弁護しようとするチャコ。だが今度は、今までいきり立っていた社員の誰もが、不自然に口を閉ざして──
 チャコは──
 ──

 チャコの目を見た黒髭が、シンディに睨み付けられた以上に恐怖の色に染まった──
 全員が、口を割った。
「言い寄ってたんス……うちの親分、いや社長。懸想してたんス、あのアマっ子……お嬢さんに」
「お高くとまった名家の子女で、ところが今まったくの無力で……」
「回転予報官のパプリカ様も、おもしろがって……」
「こんど二人して、力ずくで嬲ってやろうって、話してて……」
「そういや、昼間、二階、まさにこの部屋から、なにやらゴトゴト物音が……聞こえて……」
「てっきりウチの契約コンパニオン <おんな> の誰かと……その……」

 チャコは、この時初めて、見ないように、意識しないようにと努めていた品物に視線を向けた。
 縄、蝋燭、鞭、注射器、木馬、天狗、キュウリ……その他、社長室に散乱する、拷問用の小道具らである。
 シンディがなんでもないように言った。
「しゃちょーさん、特殊な趣味をお持ちだったようね」
「──」

         ※

 シンディが、“説法”について問いただしていた。

 シンディが、“世界国家反逆罪”だから邪魔するな、と田舎の小団体に釘をさしていた。

 そして──
 ついに、シンディが、こちらに振り向いたのだ。
「行くよ。断罪する」

 あの可愛らしい少女の顔が、脳裏に浮かんだ。











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